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セックス・ロボット革命を予測したB級映画『チェリー2000』

Image courtesy of Steven de Jarnatt

時は2017年。夜の相手探しに規約が設けられ、自家製製のセックス・ロボットやオーラルセックスのインターネットサービスが実現した。さらに、〈炎の竜巻(firenado)〉が米西部を襲い、黙示録さながらの荒野になりつつある。これらは実際に起きた事柄だが、あのB級カルトSF映画を連想する人もいるだろう。『チェリー2000』(Cherry 2000, 1987)だ。30年前に製作された、2017年が舞台の同作品は、不気味なほど正確に未来を予想していた。

『チェリー2000』は、スティーヴ・デ・ジャーナット(Steven de Jarnatt)監督がメガホンをとり、若き日のメラニー・グリフィス(Melanie Griffith)が主演を務めた作品だ。同作は、不運な男、サム・トレッドウェル(Sam Treadwell)が泡まみれのキッチンで、セクサロイド〈チェリー2000〉と行為に及ぼうとして、それをショートさせてしまうところから、物語が始まる。彼は、チェリー2000を修理工に見せるが、修理は不可能、旧式なので在庫も残っていない、と告げられる。劇中の2017年、チェリー2000は、貴重なアンティークとして扱われていた。修理工からチェリー2000のメモリーディスクを受け取ったトレッドウェルは、デトロイトでのセクサロイド生産が終了してしまったことを嘆く。

最愛のパートナーのマザーボードをショートさせてしまったトレッドウェルに、水没したiPhoneを米に突っ込む、という発想はなく、当然ながら、ひどく落ちこむ。友人たちは、彼を元気づけるため、〈グル・グル・クラブ(Glu Glu Club)〉で本物の人間と寝るよう彼に勧める。人気のナイトスポットである同クラブは、常駐する弁護士が客同士のワンナイトラブの条件を交渉するシステムを採用している。この時代、人間とのデートも、セクサロイドとの関係も、虚しさはほとんど変わらない、と悟ったトレッドウェルは、適当な肉体と交わるよりも、チェリー2000の同型モデルを探すことを選ぶ。

ゾーン7の川を渡るE・ジョンソン. Image courtesy of Steven de Jarnatt.

トレッドウェルは、旅先でメラニー・グリフィス扮する傭兵、E・ジョンソン(E. Johnson)と出会う。彼女は、米国内の〈ゾーン7〉と呼ばれる荒廃した無法地帯で、物品回収を生業としていた。当初、女性であるジョンソンへの依頼を躊躇していたトレッドウェルだが、結局、彼女を雇ってチェリー2000探しに乗りだす。荒れ地に踏みこんだふたりは、武装カルト集団に追跡されるなど、紆余曲折を経て、廃墟と化したラスベガスのカジノ跡にある、古いガイノイド(女性型アンドロイド)工場の倉庫に到着し、チェリー2000の同型モデルを発見した。しかし、そのとき、トレッドウェルは、彼の冷えきった心が、実はジョンソンを愛していることに気づく。そして、今作は、映画史に刻まれるであろう、実に残酷かつ滑稽な結末を迎える。トレッドウェルは、果てしない砂漠のど真ん中で、チェリー2000にペプシを持ってきてくれ、と頼み、あれほど愛したセクサロイドを、あっさりと捨てるのだ。

『チェリー2000』は、アクション、SF、ロマンス、どのジャンルからしてもお粗末な映画だ。テーマは『her/世界でひとつの彼女』(Her, 2013)に似ているが、『her』には、マシンガンを撃ちまくる、いわれのない暴力シーンはなく、製作費も『チェリー2000』の10倍だ。しかし、デ・ジャーナット監督曰く、『チェリー2000』の低コストで大袈裟な美学は、同作品の「魅力のひとつ」だそうだ。

お気に入りのセクサロイドを壊してしまったら、こんな顔にもなる.

「どんな作品であろうと、私たちの意図や本当に創りたかったものがすべての観客に伝わるとは限りません」と同監督は、スカイプ取材に応じた。「期間、予算ともに不足していたので、視覚効果など、力を尽くせなかった部分もあります。でも、素晴らしいキャスト、衣装、楽曲に恵まれ、非常に風変わりで個性的な作品が完成しました」

『チェリー2000』が風変わりで個性的、かつ、率直にいって〈滑稽〉なのは確かだが、2017年を過ぎた今、改めて観ると、少々不安になる。同作品は、弁護士が性生活に干渉するか、もしくはロボットを愛撫するか、二者択一の世界で、愛を求めることの愚かさを描いている。実際、主人公たちは、愛を見つけるまで、死地に足を踏み入れ、何度も命を落としかけた。そう、愛は痛みを伴うのだ。しかし、Tinder上にスパムが蔓延し、セックス・ロボット革命が間近に迫る現代において、同作品が描いた愚かさは、現実になりつつある。

トレッドウェルが暮らす2017年の世界では、セクサロイドは米国文化に浸透し、自家用車と同様に、誰もが当たり前に所有している。現実が同作そっくりの世界になるか否かは、議論の余地がある。しかし、デ・ジャーナット監督は、愚かにも愛を求め続けるのは、一部の人間だけだろう、と予想する。

「思いどおりにならない、生身の人間を相手にするのは大変ですから」と監督。「性欲を満たすヒト型ロボットの開発が進めば、その需要は増えるでしょう。残念な気もしますが、煩わしい人間関係に巻き込まれたくない気持ちはわかります」

「カート・コバーンに唾を吐かれても…」 NIRVANA TシャツBOOK(後編)

2017年12月にリリースされたNIRVANAのTシャツブック『HELLOH?』。制作の中心となったのは、NIRVANA関連のTシャツを100枚以上所有する門畑明男。前回までで、NIRVANAを好きになり、カート・コバーンのコスプレをするようになり、そして、関連するTシャツを収集した経緯を紐解いた。今回は、いよいよ、収集したTシャツをもとに製作した本について聞く。

そして、門畑明男とともに製作したラボラトリー/ベルベルジン®︎、オフショア(off shore)の的場良平も、この本への想いを語る。

カート・コバーンの幼少期のフォトプリント。

前回までで、NIRVANAを好きになった経緯と魅力、Tシャツ収集の過程をお伺いしてきました。カート・コバーンを好きになり、100枚ものTシャツを集め、そのTシャツをもとに、本を出版することになった経緯を教えてください。

NIRVANAのTシャツの値段が上がるのと同時に、この本をつくりたい、といつからか想い描くようになりました。「持ってるTシャツを売ったらヤバイよ」と人からいわれると、その前に、こういう本をつくれたら面白いのかな、と思うようになりました。

なるほど。では、どのような基準で、この本に掲載するモノをセレクトしたんですか? 門畑さんが収集する基準と同じように、オフィシャルもブートも問わず、90年代半ばくらいまでのTシャツであれば掲載されているのですか?

そうですね。ブートも載ってますね。活動期間を考えるとオフィシャルで、こんなに多くのTシャツを出してるとは思えないですからね。だから、基本ブートが多いんですが、ブートにも面白いものが多いです。

他には載せる載せないの基準はあったのですか?

僕が持ってるもので、20枚くらいは省いたんですけど、デザインがショボイとか、何となく本の質を下げると感じたモノは省きましたね。

では80枚くらいは門畑さんの私物なのですね?

そうですね。全部で133枚掲載しているんですが、80枚は僕の所有してるモノで、他は、いろんなかたからお借りして掲載しています。

本の構成の意図を教えてください。

『ブリーチ』(Bleach, 1989)『ネヴァーマインド』(Nevermind, 1991)とアルバムのリリース順に追っていけるようにしているのと、カート・コバーンが、幼少期から27歳で死ぬまでの変遷がわかるように意識してつくりました。あとは、1930年代のアイテムとは異なり、書けることがグラフィックについてだけなので、Tシャツ自体の説明を、それほどしないようにしました。

Tシャツ以外のカート・コバーンが着ていたアイテムも掲載していますよね?

それこそコスプレしていたときは、モヘアのニットは10枚くらい持ってました。全く同じ、というのは難しかったですけど、似た感じのは、買っていましたから、同じように掲載しています。

米国の大手百貨店、J.C.Penneyが展開するストアブランド、TOWN CRAFTのコーデュロイジャケット。

カート・コバーンが着ていたコーデュロイのジャケットも本には掲載していますが、なぜTOWN CRAFT(タウン・クラフト)というメーカーのものだとわかるのですか?

〈古着あるある〉かもしれないですね。例えば、フェイクアルファの店長の沢田は、映画の『乱暴者』(The Wild One, 1953)が大好きなんですけど、ジョニーが着ていたダブルのライダースについて、めちゃくちゃ研究しています。普通、肩についている星のスタッズは、10ポイントでついているんですけど、映画でペロッとめくれているシーンがあるんです。それを見ると、1本で止まってるんですよ。つまり、後から打ち直してリペアしたことがわかるんです。また、腰に付いてるベルトはどこから始まってるとか、襟の角度とか、そういうのを全部調べて、完璧に把握してるんですよね。そういう諸先輩がたの影響もあって、カート・コバーンが好きなら、それくらい知っておかなきゃ、と思いました。このコーデュロイのジャケットも、たまたま、お店に入ってきて、ボタンの数と切り替えの角度、襟の大きさとか、全部カート・コバーンの映像と見比べてたんです。あとは、カート・コバーンが、このジャケットを着てる映像で、ちらっとインナーのボアが見える瞬間があって、そういうのを総合的に判断して、多分これだろうと。古着屋に入って得た知識の賜物ですね。

でも画像は荒いですよね。そこまで詳細にわかるものなのですか?

写真集はもちろんですが、今はウェブがあるので、それこそ、一挙手一投足、様々な角度で、いろんな写真を、めちゃくちゃ研究できますからね。他にも、襟のステッチもわかったりするんですよ。映像で本当にじっくり見て、これハンドステッチだなとか、何と無くわかるんですよね。

ハンドステッチでつくられたアイテムは、いつの時代につくられたんですか?

今でこそ、あえてハンドステッチでレプリカをつくることもありますが、当時は、ハンドステッチで縫われていたのは50年代までなんです。技術が発達して、ミシンで綺麗に縫えるようになると、あえて手間でしかない方法でつくるわけないですからね。そういうのも、判定するポイントです。

ハンドステッチかミシンかを映像で見ただけでわかるんですか?

わかりづらいですけど、ハンドステッチは、襟がボコボコしてるんです。それで、ミシンが入ってるか入ってないかわかるんです。あとはステッチの幅が広ければハンド、狭ければミシン。なんとなくわかりますね。

1960年代に製作されたREVEREのモヘアニット。

なるほど。確かに特殊技能ですね(笑)。モヘアのニットも〈REVERE〉というブランドだ、と掲載していますね。

これは、たまたま、ラボラトリーに入ってきたんです。見比べたら、全く同じなのでは、と。他にもたくさんモヘアのニットを見てきましたが、あの柄で、あのカラーは、このブランドでしかないんですよ。ただ、〈リベレ〉と読むのかどうか、そこら辺は、まだわかってないんですけど。

アーガイルのモヘアのニットは、カート・コバーン好きがみんな似たようなものを買って着てましたが、このブランドのものだと、誰も知らないですよね。実際、カート・コバーンが脱いでタグが見える写真も見たことないし、判定しようがなかったですもんね。

あとは、ボタンの数とステッチ、それとニットの目の粗さですよね。そういうのは、古着を見ればみるほど、古着屋の経験を積めば積むほど、わかるようになります。例えば、これは50年代のアイテムだなとか、見た目の雰囲気だけで、おおよそは判定できるようになるので。

やばいですね。

この狐のワッペンが付いているカーディガンも、昔は本当になかったんですよね。

米国の大手百貨店、J.C.Penneyのストアブランドのカーディガン。

それこそ、ラボラトリー/ベルベルジン®︎に売ってるイメージがあります。

そうですね。僕が的場に教えました。たまたまフェイクに入ってきて、あっ、もしかしたらカート・コバーンが着ていたカーディガンかも、って買ったんですよね。それから、その後、10年くらい見たことがなくて、次に見たのがラボラトリー/ベルベルジン®︎に入ったときです。それで「カート・コバーンの着ていたカーディガンだよ」と教えてあげました。それから、ちょっと値段が上がったんです。15年くらい前は千円ちょっとで買えたんですけどね。ただ、僕が古着屋なので言いますけど、アイテム自体のクオリティーは全然良くないですから。カート・コバーンが着ていたからこそ、価値があるアイテムだといえますね。

網目も粗いし、チクチクしますよね。

アクリル素材なんです。だから洗濯機で洗えるカーディガンですね。

ただのラコステのパクリだと思ってました(笑)。また、赤と黒のボーダーのモヘアを着ていたのも有名ですよね。

これは、まだブランドまではわかってないです。ただ、モヘアで古着のニットっというだけで、基本的にレアなんですよ。それだけで掲載しています。

1950年代のデッドストックのパジャマ。

では、カート・コバーンが実際に着ていないものでも、連想させるものなら掲載しているアイテムもあるのですね。また、パジャマも掲載していますよね?

そうですね。カート・コバーンが着ているパジャマは、襟にステッチの跡がないので、なんとなく50年代だなっていうのはわかるんです。あとは、カート・コバーン自身がスリフトで買い物することが多かった、と聞いているんで、もともと、モヘアのニットも60年代のものを着てるし、ネルシャツも、だいたい70’sっぽいのを着てるので、カート・コバーンが生まれる以前のアイテムを着ているイメージがありました。そういうのを総合的に判断すると、もちろん、柄もそっくりなので、この掲載しているパジャマを着ていたのではないのかと。正確には、このブランドだ、というところまでは、わかっていません。

この掲載しているパジャマはデッドストックですか?

そうなんです。これはお借りして掲載しているんですが、送っていただいて、箱を開けた瞬間、やばかったですね。ちょっと鳥肌立ちました。

また、カート・コバーンがダニエル・ジョンストン(Daniel Johnston)のTシャツを着ていたのは知っていましたが、ポートランドの実業家が描かれた時計をしていたのは知らなかったです。

トム・ピータソンっていう実業家なんですが、この企業のTシャツを着ているライブシーンがあるし、この腕時計をしてる写真もあるんですよね。

なぜ、トム・ピータソンのTシャツや腕時計をしてるのですか?

調べたら、カート・コバーンが、子供の頃、この企業のCMのセリフを真似していたらしんです。それで大人になって、着てるんじゃないでしょうか。実際のところ、なぜ、これを着用していたかは、わからないですけどね。

この掲載されている人形はなんですか?

〈クールエイドマン〉っていうアメリカのジュースのマスコットです。カート・コバーンが子供の頃に、このジュースが好きで、その粉末で、髪の毛を染めた、というのは知っていたんです。また、この人形を手に持っている写真も知っていました。そして、現在、ソロイストというブランドをやっているミヤシタタカヒロさん(元NUMBER(N)INEデザイナー)がこのマスコットを持っている、とわかり、お借りして掲載させていただきました。

門畑さんは、このようなTシャツ以外のアイテムも集めているんですか?

それこそ、コスプレをしていたときは集めていたんですが、ほとんど手放したんですよね。お金もかかりますし、しまう場所もないですし、Tシャツに絞った方が気持ちいいなと。

なるほど。また、この本には音楽の情報があまり掲載されていません。音楽業界の人は関わっていないのですか?

写真はユニバーサルさんに提供してもらいました。

例えば音楽業界のかただったら、カート・コバーンと実際にコミュニケーションをとっているでしょうが、そのような情報は、なぜ入れなかったのですか?

来日の際に演奏したライブハウスに、半券など、何か残ってないか、と電話したりもしましたが、何もありませんでした。主催者側に返却しているんでしょうか。つかめませんでしたが、そこは、重要ではなったんです。

NIRVANAの音楽の良さを伝えようとは思わなかったんですか?

このアルバムはこうでこういう流れで、とかは言われ尽くされてますし、僕の音楽の説明は、説得力がないだろうなと。僕なんかがいってもしょうがないですよね。

音楽ライターに頼む方法もあるかと。

そこは考えませんでした。そういう内容の記事を掲載しても面白かったかもしれないですね。

音楽とファッションがリンクして、より面白くなったんじゃないでしょうか。

そうですね。そこまで頭が回りませんでした。

NIRVANAの本質である音楽に触れないことで、音楽ファンから反発されるかもしれない、と懸念しましたか?

嫌なファンはいるだろうな、とは思いました。でも、自分が関わってなくて、この本がリリースされても、僕は気にならないので、そこは大丈夫かなと。

カート・コバーンは、ビジネスシーンに巻き込まれ、自分の思惑とは関係なく物事が決まっていくことを、とても嫌っていたようですが、もし、カート・コバーンが生きていてこの本をみたら、と想像したときに、しかも、NIRVANAでビジネスをするということに、罪悪感はなかったのですか?

たぶん嫌いだろうな、と思います。生きていたら、たぶん、文句を言う気がします。

的場さんはどうですか?

的場(以下M)それはあるでしょう。こんなのつくられたら、絶対嫌なはずです。「お前ふざけんなよ」と怒鳴られるでしょうね。

会ったら、唾でしょ。

M:会ったら殴られる。

でも、「やった! カートに唾かけられた!」みたいになるでしょうね。

なるほど(笑)。

でも、カート・コバーンにそう思われようが、それ以上に好きだったから本を出せましたね。カート・コバーンを見て感動して、カッコ良いな、と思って掘って、そうやって自分みたいな人が、この本が出たことによって、カート・コバーンについて、もっと知れますよね。そうなったら嬉しいです。また、カート・コバーンは、こういう本が嫌いだよね、とみんなわかってるはずです。だから、文句を言う人もいるだろうけど、あんまり気にしてません。やらなかったら、やらなかったで、なんで出さなかったの、と言われるでしょうから。

門畑さんの独断と偏見で構いませんので、実際にカート・コバーンって、どんな性格の人物だと思いますか?

遺書でも、わかると思うんですけど、ちょっと卑屈で、言葉の裏返しが結構ある人なんじゃないかな、と想像しています。ただ、それも、逆に純粋すぎるからそうなってしまうのかな。だから、誰かに何かをするように促されることを、極端に嫌がったんでしょうね。
あとは、もともと理想が高すぎて、そこに追いつけないどころか、ドンドン離れてしまって、ドラッグにハマったんじゃないでしょうか。例えば、カート・コバーンが、日記などの最後に、Kurt CobainのCをKに変えてKurt Kobainと書くときがあるんです。普段はありのままの現実を綴っているんですが、たまに、頭の中で考えた理想を、実際にやったていで書くときがあります。そのときは、最後のサインをCからKに変えていたんです。確かに、カート・コバーンが想い描いた理想は、本当にカッコ良い話ばかりなんです。最もわかりやすいのが、ファースト・シングルを出す前に、「Love Buzz」というカバーをリリースしているんですけど、作詞作曲がそのサインになってるんです。あの曲がすごい好きで、こういう曲をつくれるアーティストになりたい、という願いが込められいたんじゃないでしょうか。でも、実際には作詞作曲は自分ではしてない。だから、偽りの自分がつくったことにしたんだと思います。

的場さんは、実際にカート・コバーンって、どんな性格の人物だと思いますか?

M:スゲエ、ナイーブなかたなんじゃないですかね。今回、本を出したタイミングは、生誕50周年、というお祝いも兼ねています。だから、僕らファンに勝手に祝われて本までつくられて、ありがた迷惑って感じですよね(笑)。

また、カート・コバーン自身もTシャツが、すごい好きなんだろうな、という印象があります。自分のバンドのTシャツは着てないけど、例えばSONIC YOUTHだったりMUDHONEYだったり、仲間のバンドのTシャツは着ていますよね。仲間愛じゃないけど、もしかすると、そのバンドを自分が着ることで盛り上げよう、としてたんじゃないでしょうか。
また、カート・コバーンが自分でつくったTシャツのグラフィックは、センス抜群ですよね。カッコ良い、と洗脳されちゃってるからかもしれないけど、音を知らなくても、カッコ良いTシャツだな、と感じるはずです。

なるほど。的場さんにとって、それほどまで、想い入れのある他のバンドはいるんですか?

M:ないですね。それくらい威力があるというか、アイコニックだからこそ、こういう本がつくれるはずなんですよ。ただ、あくまで、僕らは関係者でもなく、単なるファンなんで、いろんな人の力を借りて、説得力のある本にしたかったんです。だから、僕は門畑が持ってないモノを、持ってる人から借りたり、あくまでサポーター的な役割で、この本をつくりました。そもそも、本をつくる資金繰りもそうです。

クラウド・ファンディングで資金を集め、出版にこぎつけたんですよね? なぜ、そうしたんですか?

単純に資金がないのと、あとはクラウド・ファンディングならつくろうとしてる段階で宣伝にもなるかと。また、一緒に関わり、つくってくれる人が増えたのも大きいですよね。普通は、見る側、CDを聴いてるだけだなのに、好きなモノをつくる側、提供する側になれるのは、魅力的なんじゃないでしょうか。僕は本当に、ただ、多くのTシャツを所有してるだけで、好きの度合いは、みんな変わらないはずですよね。だからこそ、みんなでやりたい、という想いが強かったですね。

なるほど。最後に、これまで、NIRVANA、カート・コバーン愛と、この本の製作秘話を聞いてきましたが、門畑さんにとってカート・コバーンより好きなものってあるんですか?

実は、カート・コバーンより、ルパン三世のほうが好きです(笑)。モンキーパンチも全部集めていて、アニメも70年代の緑のジャケット時代から、全部DVDで持ってます。

やっぱり、古いもの、しかも収集するのが好きなのですね(笑)。ありがとうございました。

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「カート・コバーンに唾を吐かれても…」 NIRVANA TシャツBOOK(前編)はこちら

「カート・コバーンに唾を吐かれても…」 NIRVANA TシャツBOOK(中編)はこちら

ベトナム戦争の爆弾を宝飾品にリサイクルするラオス

Photo by Article 22 Jewelry via Facebook

ラオスの地中には、約7,800万個もの不発弾が埋まっている。ラオスは、史上最も激しい爆撃にさらされた国家だ。ベトナム戦争中、米国政府は、北ベトナムの有名な兵站〈ホーチミン・ルート〉を遮断するために、大量の爆弾を投下した。そして、1973年に爆撃が止んでからも、不発弾による死傷者は、合計で2万人以上。最後のクラスター爆弾が投下されてから40年が過ぎた現在も、毎年、ラオス国民が犠牲になっている。しかし、2010年には300人だった犠牲者は、2016年の報告によると、地域ぐるみの努力により、42人にまで減少したという。

爆発したか否かを問わず、爆弾は、ラオス人の人生のいち部なので、ラオス国民は、爆発した爆弾の破片を有効活用している。大きいながらも危険のない、例えば、クラスター爆弾のケース、飛行機の燃料タンクなどは、餌やり用の桶、門柱、もしくは、古くからある伝統的な家屋の支柱として利用されている。コミュニティの中には、当たり前のように破片が転がっているので、ラオス国民は、それを有効活用もするし、売り払いもする。

宝石類を取引、デザインする企業〈Article 22〉のエリザベス・スーダ(Elizabeth Suda)は、破片の再利用を1歩進め、爆弾の破片に価値を与え、エシカルジュエリーをラオスで生産している。

「私は、ラオスのなかでも、最も激しい爆撃を受け、現在も汚染されたままのシエンクワーン(Xieng Khouang)を訪ねました。近隣4村の織物産業をサポートすると、どんなビジネス・チャンスがあるのかを調査していたんです」と彼女。「ひとつの村で、予想外の光景を目にしました。村人たちは、それぞれの庭に設えられた土窯で溶かした金属を、木型に流し込んでいたんです。出来あがったのは、鮮やかな色の、熱そうなスプーンでした。これは何、と私が問うと、ある女性がクズ金でいっぱいになった小屋に案内してくれたんです。彼女が見せてくれたクズ金に〈ロケット迫撃砲〉と記されていました。米国産の爆弾でした」

Article 22の宝飾品は、ラオスの職人が手作業でつくっている。職人たちは、ローカル・マーケット向けのヌードルスープ・スプーンの製造を始めた1970年代、彼らは、爆弾の破片、アルミニウムを溶かす方法を生みだした。Article 22は、農業と兼務せざるを得ない彼らが職人として自立できるよう、技術訓練、道具、新しいデザイン・アイディアを提供している。そして、同社の努力により、ジュエリーがひとつ売れるごとに、3平方メートルの土地に埋まった不発弾が除去される。

「死傷者統計は便利な指標ですが、不発弾がラオス国民の日々の暮らしに与える影響は、数字ではわかりません。最後の爆弾が投下された数十年後に生まれたみんなも、不発弾の影響を受けていますからね」。ベトナム戦争が残した負の遺産を処理する団体〈戦争の遺産(Legacies of War)〉のコミュニケーション委員長、アレクサンドラ・ヒニカー(Alexandra Hiniker)は説明してくれた。「彼らは、貧困のままでいるのか、生命の危険を冒して食物を栽培し、子どもたちを遊ばせ、道路や病院や学校をつくるのか、という有り得ない選択をしなければなりません。ひとたび事故が起こると、生存者には、長期的な物理的、心理的サポートが欠かせません」

「ブレスレットがひとつ売れると、製造コストの10%がMAGに寄附されます。不発弾を調査し、撤去するために、寄附を使ってラオス人を訓練して雇います。その他にも、不発弾の危険性を説くリスク教育セッションも、寄附金で賄われています」とMines Advisory Group (MAG)のアビー・フリムポン開発局長。

image via MAG

宝石を利用した試みは、不発弾問題への意識を喚起し、漸進的な問題解決にむけて、職人、消費者、支援者を巻き込むコラボレーションだ。Article 22の販売からの収益だけで、これまでに、20万平方メートル以上の土地から不発弾が除去された。

2017年8月、スーダはRed Bullのアスリート、レベッカ・ルッシュ(Rebecca Rusch)とラオスを旅行した。レベッカの父は、ベトナム戦争中、ラオス上空を飛行中に撃墜され、命を落とした。Red Bull初のオリジナル長編ドキュメンタリー〈Blood Road〉で、ルッシュは、父親の墜落現場を探し求めて密林を貫くホーチミン・ルートを1,200km南下した。撮影中に実感した、今なお残る不発弾の影響に驚かされたルッシュは、行動せざるを得ない気持ちに駆られたのだ。

Article 22とレベッカ・ルッシュは、ブレスレットを共同制作している。ひとつのブレスレットの売上は、MAGを通じて、レベッカの父名義で12.5平方メートルの土地の不発弾を除去するための費用に充てられる。

「スクラップからつくったブレスレットは、すごくきれいです。それだけではなく、購入者は、ブレスレットを触るたびに爆撃を思い出すでしょう。素材のリサイクル、地域の職人に仕事を与えるだけではありません」とルッシュ。ブレスレットには、レベッカの父が家族に送る全ての手紙にサインしていたのと同じ「幸あれ(Be good)」というフレーズが刻まれている。

Image via Rebecca Rusch

2016年、歴代米大統領のなかでも、初めて任期中にラオスを訪ねたオバマ元大統領は、不発弾除去のために9,000万ドルの支援を約束した。MAGのフリムポンによると、「オバマがラオスに来たということは、米国がラオス爆撃を認めたということです。その事実がラオスに与える影響は、計り知れません。MAGは、ラオスで20年以上活動してきましたが、最近、状況が明らかに好転しています。米国人たちは、事実を知りたいのでしょう」

「ラオスの不発弾がなくなるまで、活動を続けなくてはなりません。8,000万にのぼる不発弾除去の重要さを、オバマ元大統領が認めたということは、ベトナム戦争における米国の立場を認めたも同然です。ずっと、先送りにされていたことです」とスーダ。

COPE LaosのCEOであるBounlanh Phaybounは、医学的処置、義肢で不発弾被害者をサポートすることに関心があるみなさんに、以下のような支援を望んでいる。「米国、英国、豪州における私たちのパートナー〈Global Development Group〉を通して寄附していただければ、税制優遇措置が受けられますもし、基金を集めるためにイベントを開催したければ、私たちは、オンラインで基金を集めるページを用意できます。みなさん、創造的になって、ベイク・セールを開き、スカイダイビングして、エベレストに登ってください。なんであろうと、ちからを貸してください!」

水危機の解消に勤しむ5つの団体を紹介

Image via charity: water Facebook.

きれいで安全な飲料水へのアクセスは、基本的人権の条件であるべきだ。しかし、残念ながら、世界にはまだ、安全な飲料水と公衆衛生に恵まれない人びとがいる。世界保健機関(WHO)によると、この地球上で、きれいな飲料水を入手できない人々は8億4400万人にもおよぶ。飲料水不足問題には、公衆衛生の状況が大きく影響する。地球上で暮らす人類の3分の1が、糞尿で汚染された水源から飲料水を入手しているのだ。結果として、水媒介性の疾病が、世界中で深刻な問題になっている。汚染された供給水が原因で下痢に見舞われ、死に至る子どもたちの数は、毎年28万9000人を超える。

幸運にも、世界には、水危機を解消すべく活動する数多の慈善団体があり、問題に悩むコミュニティが必要とする具体的解決策を講じている。それらの団体が、重要な使命を全うするには、私たちの支援が必要だ。そこで今回は、現状を改善するため、地球に生きる命を守るために闘う、特筆すべき5団体を紹介する。

WaterAid

国際NPO〈WaterAid〉は、2030年までに、地球上のすべての人びとが安全な飲料水と公衆衛生のもとで暮らせるようになることを目標に掲げている。目標を達成するために、WaterAidは、おもに、ふたつの活動に取り組んでいる。ひとつめは、貧困地域で必要とされる水供給設備を、その地域に直接設置すること。ふたつめは、地方自治体に働きかけ、持続可能な水、衛生ソリューションの導入につながる政策遂行の後押し、という立法レベルの活動だ。

WaterAidはこれまで、世界36ヶ国、2300万人に、きれいな水と公衆衛生を提供してきた。WaterAidのプロジェクトは、まず、各地域で何が必要なのか、地元の非営利団体に理解を促すことから始める。それから、地域固有のニーズに合わせて、水供給設備を導入する。さらに、個人の衛生管理ときれいな水の重要性を、貧困地域で教育し、地域住民の自発的な活動を促している。

また、Water aidは、水供給システムが持続的かつ体系的に変化し、住民たちがこの先何年もきれいで安全な飲料水を入手できるよう、地方自治体と協力している。WaterAidの活動を支援しよう。メーリングリストへの登録はこちら。寄付はこちら

Water.org

安全な飲料水を必要とする地域を支援する団体は、真水供給のために井戸を掘ることが多いが、第一線で活動する国際NPO〈Water.org〉は、〈マイクロクレジット〉という独自のアプローチを採用している。マイクロクレジットとは、発展途上国の貧困層を対象にした、無担保少額融資サービスで、地域住民による水道事業立上げを支援している。Water.orgは、このサービスのことを〈ウォータークレジット(WaterCredit)〉と名付けた。返済が容易なウォータークレジットにより、貧困家庭でも、安全な飲料水供給設備を設置するためのまとまった資金をすぐに用意できるので、長い目で見ると生活費の節約にもなる。

この、Water.org独自のプロジェクトの影響で大きく変化したのが、ウガンダのアブシャ・デイ・スクール(Abusha Day School)だ。ウォータークレジットのおかげで、生徒たちのために、きれいな水の通った水道、トイレ、シャワーを設置できた。ローンは、生徒たちの学費ですぐに返済された。学校は、生徒に清潔な空間を提供できるようになり、生徒たちは、個人の衛生管理の重要さを学んだ。しかし、これは、一例に過ぎない。Water.orgは、これまで、世界700万人に安全な飲料水を届けてきた。Water.orgを支援したいあなたは、こちらから寄付を。

UNICEF(ユニセフ)

安全な飲料水の不足や、水系疾病が原因で、1日あたり4500人の子どもたちが命を落としている。この衝撃的な値を減らすには、積極的な対策を講じるしかない。だからこそ、国連児童基金(ユニセフ)は、きれいな水の供給を最優先課題として取り組んでいる。ユニセフの使命は、世界の子どもたちの権利を守ることだ。2015年、ユニセフが困窮地域への水、公衆衛生、衛生管理用品の供給に9630万ドル(約100億円)以上の資金を充てたのはそのためだ。

水系疾病の罹患者、死者がいつも子どもたちならば、子どもたちにこそ、予防する術を学ばなくてはならない。ユニセフの広範な研究によると、学校での、子どもたちへの衛生指導は、校内の衛生環境を改善するだけでなく、それぞれの家庭の衛生環境の改善にもつながる。学校で得た衛生知識を、子どもたちが家族に伝えてくれるからだ。

安全な飲料水へのアクセスが実現すると、子どもたちが学校で過ごす時間が増える。というのも、時間がかかる水汲は、大抵子どもたちの役目だからだ。ユニセフの水問題対策は、子どもたちだけでなく、その家族をも救う。寄付やボランティア活動で、行動の意思を示そう。ユニセフ内での就労のチャンスもある。

ロータリー財団

120万人のボランティア会員が参加する国際慈善団体〈ロータリー財団(The Rotary Foundation)〉は、極めて重要な人道支援活動を行なっている。疾病との闘い、途上国における地域経済の発展、教育支援、平和の推進、世界中の人びとへの安全な飲料水供給などに取り組む同財団は、世界随一の慈善団体だ。特に、水と衛生の分野で大きな成果を残しており、これまで、2300万人に安全な飲料水を提供してきた。

ロータリー財団の取り組みは非常に独創的で、ただ井戸をつくるだけではない。水、公衆衛生、個人の衛生管理について、子ども向け教育プログラムを創案している。様々な取り組みのなかでも、UNICEFとの〈WASH in Schools Target Challenge〉(WASH=Water, sanitation, and hygiene)で同財団は、基本的な衛生管理、公衆衛生について子どもたちに教育するプロジェクトを推進し、さらに、清潔で安全な飲料水を提供している。

同プログラムは、2020年7月までが試験段階で、インド、グアテマラ、ベリーズ、ケニア、ホンジュラスの5ヶ国で実施され、学校内の衛生への取り組みを強化する予定だ。あらゆる慈善事業を実施するロータリー財団に入会、もしくは寄付し、彼らの活動を支援しよう。

Charity: Water

水不足の影響を特に受けやすい、発展途上国の地方コミュニティの水へのアクセス問題について検討するさい、貧困、水の希少性、教育、地域の政治、すべてが問題解決のカギになる。発展途上国に安全な飲料水を届ける、という目標を掲げて活動する国際NPO〈Charity: Water〉は、世界の水危機を解決するために奔走している。Charity: Waterは世界24ヶ国で活動を続けている。これまで、同団体は、2万4537以上の給水設備、井戸に資金援助し、734万7032人に安全な水を届けてきた。

Charity: Waterが成果を上げられた理由は、同団体独自の戦略にある。Charity: Waterは、地元のパートナー機関と協力し、安全な水の供給プログラムに資金を提供している。同団体は、協力機関とともに、各設置エリアに必要な、最適かつ、効果的なテクノロジーを特定し(手掘り井戸がいいのか、より進歩した水道管システムがいいのか、など)、水道事業への地元のサポートを得るべく、住民たちにも協力してもらう。さらに、首長が新水道事業を推進してくれるよう地元自治体の援助も仰ぐ。Charity: Waterは、設備導入が完了した場所を地図上でピン留めし、これまでの成果を目に見えるかたちで残している。また、同団体に集まるパブリック・ドネーションの全額がプロジェクトに直接投入される。寄付をするならばこちらから。

ビニール袋にたっぷりの真っ赤な液体

All photos by the author.

サン・ルイス・ソヤトラン(San Luis Soyatlán)は、メキシコ最大の湖沼、チャパラ湖の南岸に位置する農業の町だ。車で町なかに入ると、真っ赤な液体がつまったビニール袋を手にする町民の多さに気づく。もしかして、吸血鬼がこの辺りに店を構え、同胞に日々の糧を安く卸しているのだろうか、と勘ぐってしまうほどだ。

うだるような暑さの日曜午後、私が町に着くと、既に50名程度がその〈麻薬〉を手にしようと、そわそわしながら道端の露店に並んでいた。特筆すべき名物もないこの町で、人びとの足を止めるのはただひとつ、メキシコ最高のテキーラ・カクテルと名高い、この町で生まれた〈バンピーロ〉だ。

バンピーロをつくるオスカー・ヘルナンデス(Oscar Hernández). All photos by the author.

太鼓腹と白髪交じりの頭、シワの刻まれた額が印象的なオスカー・エルナンデス(Oscar Hernández)は、約40年前、道端の露店でキュウリやヒカマの漬物を売っているときに、〈バンピーロ〉のアイディアを閃いたという。「売り子をしてると暑いから、涼しくなる飲み物を、と自分のためにつくったんだ。でも、お客さんに、それ何ですか、と訊かれるようになった」とオスカー。「血を飲んでるみたいだから、〈バンピーロ(吸血鬼)〉って名付けたんだよ」

程なくして、そのよくわからない赤色の飲み物をつくれ、とお客さんから頼まれるようになった。当初、彼は、店のリピーターを増やすためにタダで配っていた。当時は、町を通り抜ける旅人も少なく、オスカーは、とにかく常連によろこんでもらうためにバンピーロをつくっていたという。

しかし、バンピーロはどんどん有名になり、オスカーはそこに商機を見出した。

「2~3回おかわりするお客さんもいたから、売ることにしたんだ」とオスカー。「もともとはカップに入れて売ってたんだけど、車内でこぼれるっていうから、ビニール袋に入れることにした。そのほうが実用的だし、値段も押さえられる。お客さんも気に入ってくれたよ」

もともとは、先住民族のチチメカ族が築き、その後、スペイン支配下に置かれたサン・ルイス・ソヤトランは、約3千の住民が暮らす、低木地に囲まれた町だ。メキシコ第2の都市、グアダラハラ(Guadalajara)と、マサミトラ(Mazamitla)をつなぐ幹線道路がこの町を通っている。週末になると、たくさんの都会っ子たちが松の森のなかの別荘を借りるために、避暑地として有名なマサミトラに向かう。

時を経て、オスカーのマジック・カクテルの評判が徐々に広まり、サン・ルイス・ソヤトランは、ドライブの気分転換に必ず寄るべきスポットとして有名になった。「バンピーロがここまで有名になったのは、2008年頃からかな」とオスカー。「お客さんの大半は、マサミトラに向かう若者だね。子どもの場合はノンアルコールだけど、それでもおいしくてすっきりするって人気だよ」

いまや、バンピーロを販売する店はたくさんあるが、口コミのおかげでオスカーの露店がいちばん人気だ。オスカーは、露店の場所を限定しないようにしているが、グアダラハラ方面から幹線道路を走ると、アルダマ(Aldama)通りとレティーロ(El Retiro)通りのあいだにある。

バンピーロのレシピは、オスカーが長年かけて改良を重ねた結果、氷、ライムジュース、塩、搾りたてのオレンジジュース、メキシコの最大手ブランドのグレープフルーツ・ソーダ〈Squirt〉、そして自家製サングリータに落ち着いた。サングリータは、オレンジジュース、トマトジュース、唐辛子、ライム、塩の絶妙なブレンドが最高だ。お客さんは、〈カサドレス(Cazadores)〉〈センテナリオ(Centenario)〉〈エラドゥーラ(Herradura)〉〈クエルボ・トラディショナル(Tradicional)〉〈テキレーニョ(Tequileño)〉の銘柄から好きなテキーラを選べる。

行列に並ぶお客さんは、オスカーの露店の従業員たち(ほとんどがオスカーさんの近親者)の前を通り過ぎる。各従業員がビニール袋に1種類ずつ材料を加えるので、進むにつれて袋は重く、中身はカラフルになる。

バンピーロのサイズは、最大で1リットルを越える。値段は、袋のサイズやテキーラの有無で変わるが、大体30~80ペソ(約180~480円)。ストローを挿し、口をぎゅっと縛るので、こぼれる心配はない。

バンピーロの歴史をひととおり語り終えたオスカーは、見事な手さばきで詰めたバンピーロを差し出した。バンピーロをつくる真剣な表情の下には、〈作品〉へのプライドが隠れている。バンピーロは、全く非の打ちどころがない。甘くて、すっぱくて、しょっぱくて、パンチが効いている。メキシコの田舎町で過ごす、暑い夏の日にはぴったりだ。

オスカーはこれ以上にない方法で、地元の知名度を上げたのだ。

「カート・コバーンに唾を吐かれても…」 NIRVANA TシャツBOOK(中編)

2017年12月にリリースされたNIRVANAのTシャツブック『HELLOH?』。制作の中心となったのは、NIRVANA関連のTシャツを100枚以上所有する、門畑明男。前回は、NIRVANAを好きになり、カート・コバーンのコスプレをするようになった経緯が明らかになったので、今回は、NIRVANAのTシャツを収集するようになったきっかけを中心に話を聞く。

また、現在、20万円のTシャツがあるらしいのだが、その値段を提案した、本の発行者でもある〈ラボラトリー/ベルベルジン®︎
(LABORATORY/BERBERJIN®︎)〉〈オフショア(offshore)〉の的場良平の言葉とともに、皆さんにお届けしたい。

『HELLOH?』より

前回はNIRVANAが好きになり、カート・コバーンの見た目に惚れ、コスプレをするようになったところまで、お伺いしましたが、Tシャツを集めだしたきっかけを教えてください。

はじめは、集める意識は全くなくて、2000年くらい、20歳前後だったはずですが、原宿のとんちゃん通りにあったVOICEって古着屋にふらっと入ったら、NIRVANAのTシャツがあったので買ってみました。確か2980円でした。当時は5000円でも高いっていわれてました。

最初は、Tシャツ自体には、ハマってなかったんですね?

そうですね。なんか、古着屋さんで違うNIRVANAのTシャツを見つけるたびに、一応買っておく程度で。「一応、買っておくか」が積もり積もった感じです。

それで100枚ですか(笑)?

前は、これ持ってないから一応買っておこう、といった気持ちで買っていたんですけど、途中で「買わなきゃ」みたいな義務感になったときもありました。僕がたくさん持ってるのを知っている人からは勧められましたしね。ただ、知人に「NIRVANAのTシャツのコレクターでしょ」って言われたことがきっかけで、全然意識してなかったんですけど、「あれ、俺ってそうなの?」となり、より買わなきゃ、という意識が強くなりました(笑)。

意識して集めだすのは、いつからですか。

20代半ばくらいなので、2007、2008年ですかね。その頃は、もう60から70枚は持ってました。当時は安かったので、たくさん買えたんです。

どういう基準で買っていたんですか?例えば、オフィシャルのみとか?

当時は、NIRVANAの新品のレプリカはありませんでした。The Rolling Stones、Grateful Dead、Pink Floydは、いっぱいありましたが、NIRVANAには、新品でレプリカをつくるほどの価値がなかったんです。要するに、2980円のTシャツのレプリカをつくっても、しょうがないじゃないですか? だから、今みたいにレプリカかどうか、疑うことはなかったです。Tシャツの袖や裾のステッチが、シングルかダブルかだけは、気にしていましたけどね。

また、90年代半ばくらいまでのTシャツであれば、ブートかオフィシャルかは、全く気にしませんでした。90年代後半になると、一般的には、Tシャツのボディがダブルのステッチ、つまり、米国製ではなくなるので、ダブルは買わないようにしていました。あとは、カート・コバーンが実際に着ていたTシャツを探していました。

つまり、NIRVANAがリアルタイムで活動していた時代のTシャツであれば、オフィシャル、ブートを問わず買っていたということですね? そこらへんは、古着好きの感じで集めるんですね?

そうですね。例えばカート・コバーンが愛用していたCONVERSEのジャックパーセルも90年代の前半までで、MADE IN USAじゃなくなるんですよね。中国製とかに切り替わるんです。古着好きからすると、MADE IN USAしか履きたくない、というのと同じ感覚だと思います。

MADE IN USA製のCONVERSE、ジャックパーセル。

ジャックパーセルは、ヒールパッチとインソールに、MADE IN USAと表記が入るか入らないかくらいの違いで、それ以降のモデルと、フォルムや素材など、見た目は全く違いがないですよね? 例えば、フォルムがちょっと細くなってる、丸くなってるとか違いがあるのなら、わかりますが…。

それは、もう、満足感じゃないですかね。プライドの問題ですね。こういう仕事をしてるのもありますね。

その感覚が、NIRVANAのTシャツともリンクしてるんですね。オフィシャルかブートかというよりも、いつの時代につくられたか、MADE IN USAかどうかで、モノの価値が変化するってことですね。

まさに、そうですね。

なるほど。状態はどれくらい気にして買うんですか?

ジーンズと同じく、中途半端に穴があいてるのは嫌ですね。穴があくのか、あかないのかって状態のも買わないです。

他にも、NIRVANAのTシャツの特徴というか、魅力はあるのですか?

カート・コバーンは、画家になりたいくらい絵が好きだったようで、どういう意図でピカソかはわからないですが、Tシャツのデザインに絵画を使用したりしてますね。また、カート・コバーン自らが描いた絵をTシャツにしていたり、シルクスクリーンを刷っている写真が残っていたり、そういうのは特徴かもしれません。

最も想い入れのあるTシャツは?

好きなのは、カート・コバーンがギターを弾いていて、横顔のものです。買ったときは確か5千円くらいだったはずですが、今は、4万くらいしますね。あとは、上のアメコミ風のTシャツですね。なんとなく可愛いですよね。この白ボディのTシャツは、はじめてみて、ソッコーで買いました。

ちなみに、普段は着てるんですか?

着てないですね。

飾ってるんですか?

タンスにしまってます。たまに、何を持ってるかわからなくなります(笑)。

保管方法には、こだわっているんですか?

全然気をつけてないです。基本的には、コットン100%のアイテムなので、虫食いの心配もないので。一応、防虫剤を入れていたかもしれないですが、覚えてないくらい適当な感じで保管しています。

NIRVANAのTシャツ以外では、Tシャツを何枚所有してるんですか?

バンドはNIRVANA以外は持ってなくて、基本的には無地かボーダーで10数枚くらいですかね。

ということは、持っているTシャツは、ほぼNIRVANAなんですね。

でも、着ることも、見返すこともほとんどないですね。買ったら、タンスにしまってそのままですね(笑)。

ちなみに、NIRVANAのTシャツのデザインは好きなんですか?

そういわれると、どうなんだろうな…。

他に持ってるTシャツは無地とボーダーじゃないですか?

そうですね。僕は基本的にプリントTシャツは着ないです。高校のときから着なくなったんですけど、文字が書いてあると、それを誰かに読まれたりするじゃないですか? それが、嫌だったんですよね。だから、無地とかボーダーは、無難中の無難じゃないですか。それもあって無地とかボーダーばかりです。NIRVANAが好きだから、という気持ちが強かったんで、正直デザインはどうでもよかったのかもしれないです。

普段はタンスなんですよね。虚しくてバカみたいだと思ったことはないんですか?

何やってるんだろう、とは思ったりしますね。ただ、ここ4、5年で急に値段が上がったんです。最初は値段が上がるとは、予想してなかったんですよ。その証拠に、自分で着れるようにサイズを直してたんです。直さなければ良かったですよね。しかも、今はXLとかLでもファッション的には〈あり〉ですけど、昔はTシャツだけ異常にデカいとか、そういうスタイルが受け入れられなかったですから。体型とあってるのが良いとされていたので、全部直しちゃったんです。価値が半減です。僕の先見の明がなかったんですけどね(笑)。

値段が高騰し、収集癖も加速するんですか?

一瞬ありましたけど、やっぱ高いなっていう(笑)。今、4万、5万っていうのが当たり前になってしまいましたからね。

値段が上がってからも、変わらず収集してるんですよね?

買ってますね。

止まらなくなってるんですか?

モノによります。買う数はすごく減りましたけどね。年に2、3枚くらいになってるんじゃないですかね。

高くなってから、合計で何枚くらい買ってるんですか?

20枚くらいですかね。でも5万アップは、そうそうないです。マックスで39800円くらいを目処に買っています。

フロントはNIRVANAの1stアルバム『ブリーチ(Bleach)、1989』のジャケ、バックはイタリア文学の古典、ダンテの『神曲』の地獄篇で用いられる地獄図。

ジョン・レノンとオノヨーコの著名な写真のパロディー。『HELLOH?』では、すぐ上のTシャツと見開きで掲載されている。

では、門畑さんが所有しているなかで、最も高価だったTシャツはどれですか?

NIRVANAのTシャツではなくて、カート・コバーンが着ていたものなんです。新品のレプリカしか見たことがありませんでした。90年代のボディで、さらにデッドストックのもので、6万円出しました。僕が値をつけるなら、絶対、10万は超えるので、6万なら安いと思って買ったんですよね。

この上のTシャツも6万円くらいで買いました。はじめてみたときは、6万円で店頭に出ていて、経験で6万だったからやめようと思ったんです。そしたら、しばらくして、また入ってきて、8万円に価格が上がっていたんです。あの時、買っておけば良かったってなりますよね。そしたら、ちょうど別の店で6万円で出たいたんです。これを逃しちゃダメだな、って思って買いました。2000年代の後半だったんですが、今じゃ20万円くらいの値が付いているお店もあります。

えっ、20万円ですか?そんなに高騰してるんですか?

そうですね。このページ(上記2点が掲載されているページ)は、見開き2枚で40万円くらいです。

NIRVANAのTシャツで値段が高くつく、つかないはどうやって決まってるんですか?

基本的にはどのアイテムも、年代は、ほぼ90年代で同じですからね。ここまでくると、見たことないから、というのが大きいですね。あとは、マルチプリントとか、フォトがデカイとか、奇抜なモノですかね。デニムもそうですが、好きじゃないと魅力を見出すのは難しいかもしれません。子供の頃のカート・コバーンの写真がプリントされたTシャツをみて、カート・コバーンの子供の頃の写真だ、すげえ、欲しい、と思うのがカート・コバーン好きな人です。普通の人からしたら、ただの子供が写っているTシャツですからね。7千円くらいなら、それを可愛いと思ってギリギリ買う人もいるでしょうけど、4万、5万しちゃうんで。値段の張る古着全般、見た目と金額を比べちゃうと、難しいですよね。

しかし、何で、そんなに高いんですか?

一緒に本をつくった的場が上げている、といっても過言ではないので(笑)、的場に聞いてもらえると、よりわかりやすいでしょう。

的場さん、何で、そんなに高くなってるんですか?

的場(以下M)NIRVANAに関していうと、近年ではカニエ・ウエスト(Kanye West)やジャスティン・ビーバー(Justin Bieber)などのセレブリティなアーティストが着用し相場が上がり、日本の市場もそれと同じ現象で、EXILEさんなど影響力が大きい方々が着用して、それを若い子たちは、そんなことは知らないけど、その金額が当たり前だと思って手にとってくれます。ヴィンテージの市場を全然知らずに、ずっとSAINT LAURENT(サン・ローラン)を買って着てた子たちなら、7万円でも抵抗もなく「買います」ってなる。それで成り立って相場が上がっていく。だから、買う人たちも値段を問わないんですよね。

ラボラトリー/ベルベルジン®︎では、急に値段を上げたのですか?

M:ジワリ、ジワリ上げていきました。5千円から1万円になって、2万円になって。

当たり前に売れるから、上がるんですよね?

M:需要と供給があったからこその値段なんで。もちろんいっぱいあるものを、そんなに高く売るつもりはないです。希少なものは希少というか。カッコ良いものはカッコ良いっていう。

アメリカでも同時に値段が上がるんですよね?

M:そうですね。同じタイミングで上がります。今はネットがあるんで、こっちの値段をほとんど知っています。それでシッピングとかを計算して、その上で値段をふっかけてきたりしますからね。また、ほかの店が高い金額を付けているのをみて、その金額をふっかけてきたりとか。

なるほど。ちなみに値段が高騰しているのはNIRVANAだけですか?

M:いやいや、Radioheadも、Rage Against Machineも、Red Hot Chili Peppersも高いです。

えっ?

M:もうバリバリですよ。

信じられないですね。

M:もちろん、モノによってですけど。それこそ昔は2千円とかですけど、今は3、4万円はあたり前ですね。90年代のアーティストが全体的に高くなってます。いわゆるヴィンテージの概念というのが、ここ3年くらいで完全に崩壊していますよね。

ヒップホップ、例えばWu-Tang Clanも高いんですか?

M:Wu-Tang Clanも高いですよ。

Public Enemyも?

M:全然します。当時、本当に安く買い漁ってたものが、今だとすごい値段になっています。ここ最近で一番上って流のがBjörk(ビヨーク)ですね。

NIRVANAがSonic Youthの前座を務めた際のTシャツ。

Sonic Youthは?

M:FugaziとかMINOR THREATとかと同じで、それこそ、Sex Pistolsとか、SEDITIONARIES(セディショナリーズ)の値段が、ちょっと落ち着いたくらいから、高くなってますね。時間をかけて提案していって、値段を上げてきた感じですかね。

昔は、それこそGreatful Deadとかの方が高かったですよね?

昔は高かったですけど、今は落ち着いてますよ。高くても2万円とかですね。The Rolling Stonesもそんなもんですよ。よっぽっどスペシャルでデッドストックだと4万円とかありえますけど。完全に世代交代してますね(笑)。

まじっすか?

The Rolling Stonesのベロのグラフィックなんて、9800円くらいですよ。

じゃ、いわゆる王道のバンドTは値段が下がってるんですね。

落ちましたね。ロックTブームが落ち着いたんですよね。多分5年くらい前から、ずっと落ち着いてます。今はストリートのファッションのトレンドに合わせちゃってますよね。90年代のスタイルが流行ってるから、90年代のバンドのTシャツが高くなるみたいな。

バンドTシャツ以外で高騰しているTシャツもあるんですか?

Tシャツでいったら、今、スケートボードがいちばん高いと思います。1万円くらいから3万、10万くらいのものまで、同じようにあるんですけど、何枚かしか存在しないというTシャツがあるんですよ。ジム・フィリップス(JIM PHILLIPS)のスクリーミングハンドのTシャツですが、それが50万くらいで売買されたりしています。確か他にもそいうTシャツが2、3枚あります。

80年代以降のユースカルチャーのTシャツが、全体的に高くなってるんですね。

そうですね。Tシャツはそうですね。

ちなみに、働いているフェイクアルファでは、NIRVANAのTシャツは扱ってるんですか?

扱いませんね。

The Rolling StonesとGrateful Deadは扱ってますか?

扱ってますね。

もどかしさはありますか?

ほぼ、ないですね。

仕事では扱いたくないですか?

それもありますし、フェイクアルファの色もあるので、90年代のバンドTシャツをフェイクアルファに置くのは雰囲気的に違うかなと。あと系列店で、ラボラトリー/ベルベルジン®︎もあって、それを奪っちゃうのは違うんで。あと、この値段で売る自信がないですね。僕は買ってますけど、お客さんの毛色が違いますからね。ボブ・ディラン(Bob Dylan)のTシャツを39800円で売る自信はありますけど。

なるほど。ちなみにNIRVANAのTシャツコレクターでは門畑さんが世界一ですか?

世界一かどうかはわかりませんが、持ってる量は、かなり上位でしょうね(笑)。1枚1枚にウンチクをつけて説明できるかどうかっていうと、また違う人がいます。この本をつくるうえで、僕が所有しているモノ以外も集めたんですが、名乗り出てくれた人もいれば、本が出ることを全然知らなかった人もいると思うので、実際には、どうかはわからないです。

なぜ、そこまで収集しているのですか?

古着屋で働いていたのと、買いだしたら止まらなくなったのと、あとTシャツだったら、誰も収集していないだろうなと。NIRVANA好きでTシャツを持っている人は限られるだろうと。CDを持っている人は大勢いるだろうし、音楽について詳しい人や、曲を弾ける人は、いるでしょうけど、90年代当時のTシャツだけを買ってるとなると、まぁ、いないだろうと。ただ正直、この本を出したので、Tシャツを追うことも全部フラットになって、楽にはなりましたね(笑)。

バックプリントはカート・コバーン自身が描いたグラフィック

次回は、収集したTシャツをもとに、本を製作し出版した経緯を探る。

「カート・コバーンに唾を吐かれても…」NIRVANA TシャツBOOK(前編)はこちら

先入観への挑戦 暴力と戦うコロンビアの女性グラフィティ・アーティスト

Image via Vera.

アート界において、女性アーティストたちは、長らく過小評価されてきたが、グラフィティの世界では、その傾向がひときわ顕著だった。過去数十年間、グラフィティは、ほぼ、男性に独占されてきた。この男性的シーンに女性が参加するのは、安全性の問題、根強い性差別のせいで非常に困難だった。特に、ここ数年、コロンビアでは、女性に対する暴力が蔓延している。2017年夏の報告書によると、2010年から2015年には、1時間あたり16人の女性が性暴力の被害に遭ったという。

2016年11月、コロンビア政府とコロンビア革命軍(FARC)が和平合意に至り、50年以上続いた内戦に終止符が打たれた。内戦では、20万人以上の命が奪われ、700万人近くが住む場所を追われた。それから1年が過ぎ、女性たちは、自らの役割を奪い返すために、ストリートでグラフィティをツールに、ジェンダー問題、人種問題、性暴力などを助長する先入観に挑んでいる。

われわれは、コロンビアで積極的に活動する3人の若きグラフィティ・アーティスト、バスタルディーラ(Bastardilla)、ナンディ(Nandy)、ベラ(Vera)を取材した。彼女たちの作品について、そして、2018年に来たるべき変化に、なぜ、グラフィティやストリート・アートが必要なのか、その理由をたずねた。

最初のグラフィティについて教えてください。

バスタルディーラ:以前はデコレーターとして、家を塗装していました。暇なときに、壁に落書きをして、そのまま放置しました。それから、グラフィティをやめられなくなったんです。

ナンディ:私は、〈シロエ〉として地元で知られている、カリの〈コミューン20〉の展望塔に描いたのが最初です。それまでは、自分の家のテラスにスプレーで描いたことしかありませんでしたが、〈L’Etincelle〉という最高のグループに参加することになったんです。「もし失敗したら、うまくできなかったらどうしよう」と不安でした。でも、無事に成功して、みんなに歓迎されているのを実感しました。他人に制作過程を見られるのは、まったく新しい経験でした。少し緊張しましたが、もっと描きたくなりました。

ボゴタ、バリオ・サンタフェのバスタルディーラの作品. (Photo via Bastardilla)

ベラ:最初は、ストリートで、小さな絵やサインをマーカーで描いたり、ステッカーを貼るだけでした。でも、本当は、壁に描きたかったんです。廃工場で初めて壁に描きました。グラフィティをやっていた友人に、どうやって描くか教えてほしい、と何度も頼みこんで、彼がようやく了承してくれたあと、工場に行ったんです。そこで彼に、「君はここからここまで描いて、僕はここからここまで」と指示されました。彼は、ヘッドフォンをつけて、私にいっさい口出ししませんでした。最初は不安で、戸惑いましたが、描き始めた途端に、その〈感覚〉に夢中になりました。説明しずらいんですが、私は描く感覚が大好きです。腕、足、体全体を動かしながら描くことで、空間、生命、ストリートの息吹を感じました。

みなさんのグラフィティは、人種、ジェンダーにまつわる先入観への挑戦であり、女性に対する暴力への対抗手段になっています。どこからインスピレーションを得るのですか?

ベラ:そういったテーマが重要なのは、ただ単に、私が女性だからです。私は、ストリートでの女性の空間を目に見えるかたちで取り戻すために、女性を描いています。何十年ものあいだ、私たちのイメージは、消費を促す広告に利用され、市場の好き勝手に歪められてきました。この事実は、社会全体が抱く女性らしさの定義に影響を与えています。資本主義が陳腐にした女性のイメージを肯定する男性優位の視点を、私は断固拒否します。だからこそ、神秘的で自然体で情緒豊かな、既存の女性像には収まらない大きな女性たちを描くんです。商売道具にされない女性たちです。

(Photo via Bastardilla)

ナンディ:私は、描く顔を選んではいません。ただ、気に入った顔を描いていました。でも、ある出来事がきっかけで、積極的に人種問題に取り組むようになりました。〈Instituto Popular de Cultura〉という学校で、リノリウム版画を学んでいたときのことです。アフリカ系の女性の版画をつくりました。そうしたら、同級生に「なんでいつも黒人を描くんだ?」と訊かれました。彼がいなくなったあと、「そうしたかったから」と思いました。なぜ、黒人ばかり描くのがおかしいのでしょう? 芸術における女性美は、昔から、肌が白ければ白いほど理想的でした。それを変えようと決めたんです。

バスタルディーラ:貧困、暴力、女性の問題は、それぞれ独立した問題ではありません。また、気候変動、天然資源に依存する経済、差別、移民、先住民、教育などと並ぶ重要な問題です。これらの問題の共通点や類似点を探し、他者の声と自らの声をひとつにしなければならないでしょう。

アートに没頭するナンディ(右). (Photo via Nandy)

グラフィティを見た人の反応は?

ナンディ:見た人の85%は気に入ってくれているようです。真っ白でシンプルな絵が好きな人もいますからね。でも、だいたいみんな、小さな女性の〈身体(cuerpesito)〉がストリートで描いていることに驚きます。

今まで取り組んだなかで、もっとも制作が大変だった作品は?

ナンディ:いちばん難しかったのは、マニサレス(Manizales)のフェスティバルで描いた作品です。テーマは性暴力でした。とても深刻で衝撃的な題材ですが、問題意識をアートにして主張しなければ、と確信したんです。

Image via Nandy.

ベラ:いちばん難しかったのは、《Allpa Mama》です。私にとって、過去最大の作品です。壁の幅は19メートルだったのに、制作現場には、6メートルの足場がひとつしかありませんでした。

どうして、意見を主張するのに、グラフィティが重要なんですか。

ベラ:グラフィティは、もっとも民主的なアート作品を創る手段です。みんなが楽しめるし、違和感なく親しめます。このおかげで、複数のプロセスを同時に進められます。つまり、物語を発信し、直接疑問を投げかけ、アイデンティティの確立を助けながら、もちろん、権利も主張するんです。

ナンディ:グラフィティは、性質上、公的で、常に、民衆の味方です。自分の声が奪われそうになったとき、周囲のみんなに、「私はここにいる、私はこう考えている」と発信するツールです。グラフィティとは抵抗であり、個性と属性を守る手段です。

(Photo via Vera)

バスタルディーラ:ストリートは、街のなかでも、様々な現実が交わるスペースです。でも、ここ数年、街の高級化や、企業の活動の影響で、ストリートの非政治化が進んでいます。たくさんのスペースが出会いではなく、移動のために利用されています。これを変えるには、グラフィティが役立つはずです。

コロンビアの女性、マイノリティにとって、2018年は、どんな1年になればいいのでしょうか。

ナンディ:2018年も私は闘い続けます。女性殺人率が下がり、女性だから殺されてしまうことがなくなるよう、心から願っています。女性間の連帯も強めたいです。アートの分野でも、たくさんの画家や女性に〈グラフィティ〉という芸術的実践を体験してもらいたいです。

自身の作品《Allpa Mama》の上に立つベラ. (Photo via Vera)

ベラ:もっと自由で、安全で、愛に満ちた世界になってほしいです。それは、のびのびと遊び、好きなことを楽しめる世界です。言葉では、ユートピア的でシンプルに聞こえます。でも、実際に女性が行動を起こすには、想像の2倍の意欲、熱意、努力、働きが必要です。この国はとても男性的ですし、世界全体の仕組みも、家父長制ありきで成立しています。でも、疑問を投げかけ、権利を要求し、女性の声を広めようとする動きが活発になっているので、私は、期待しています。反骨心を抱く多くの〈魔女(bruja)〉たちが目を覚ましています。あらゆる人やモノに宿る女性的なエネルギーを受け入れる、素晴らしい時代、覚醒の時代が近づいている気がします。

あなたの徴を世の中に残したければ〈Graffiti Camp For Girls〉まで。Graffiti Camp For Girlsは、女性たちに、グラフィティの技術を習得する機会を提供する団体だ。興味のあるテーマに適う壁画を、みんなで協力して描くプロセスと技法を学ぶことができる。紹介しきれなかったバスタルディーラ、ナンディ、ベラの作品を、以下に掲載する。

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自ら鳴らした警鐘を無視する石油会社

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誰もが地球の未来を悲観せずにはいられないご時勢だ。特に気候変動は、深刻な問題だ。気候変動否定派が米国閣僚に名を連ね、世界最大級の石油企業〈エクソンモービル〉の元CEOレックス・ティラーソン(Rex Tillerson)が大統領の右腕である国務長官を務めているのだ。

大手石油企業〈ロイヤルダッチシェル(Royal Dutch Shell)〉は、1991年、短編ドキュメンタリー『Climate of Concern』を製作した。この作品を観ると、およそ四半世紀前の石油業界のほうが、気候変動に危機感を抱いていたようだ。

この28分の作品は、2017年5月1日、オランダのメディア『The Correspondent』で取り上げられ、再び注目を集めた。ダッチ・シェルが作成した、1986年来の気候変動についての社外秘報告書を入手した『The Guardian』によると、同作品における気候変動の未来予測は非常に正確で、警告内容について、「科学者たちがほぼ満場一致で合意し、1990年末、国連に報告書が提出された」という。

作品の終盤、希望に満ちた問いが投げかけられる。「地球温暖化の脅威が科学者たちの予想どおり致命的だとしても、その懸念が技術協力、経済協力を促すきっかけや推進力となるかもしれない、と期待してはいけないのでしょうか?」

残念ながら、答えは「ノー」だ。ダッチ・シェルは、このときすでに、海面上昇、温暖化、発展途上地域における資源不足を予想していたにもかかわらず、その後、自ら発した警告に、まったく留意していない。『The Guardian』によると、同社は、この四半世紀、環境に深刻な影響を与えるオイルサンド事業、北極圏調査に巨額を投資した。気候変動を否定するロビー活動にも2000万ドル(約22億円)を費やし、さらに、水圧破砕法に可能性を見出そうとしている。しかし、同社の1998年の報告書によると、いくら非在来型オイルやガスを開発したところで、問題解決のための目標には達しないという。

ダッチ・シェルに何らかのアクションを期待したところで、同社が25年前に「気候変動の問題やジレンマは、人類みんなの課題です」と認識していたとすると、何をしようと無神経さが際立つだけだろう。