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映画『にくのひと』監督・満若勇咲が追う、現代の部落差別①

日本に住んでいるわれわれが歴史を通して抱え、いまだ克服できていない闇、部落差別。今回は長野市で発生し、長年ある一家を苦しめている隣人部落差別事件をとりあげる。2007年に20歳で兵庫県加古川市の屠場を舞台にドキュメンタリー映画『にくのひと』を撮った満若勇咲が、この事件をテキストと動画でレポート。満若へのインタビューと合わせ、ここに公開する。

被害者Tさんの夫になりすまし近隣に配布された怪文書

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長野県隣人部落差別事件レポート

Text by 満若勇咲

 長野県に住むある家族が近隣トラブルに巻き込まれ、7年に渡って悩まされている。隣人の嫌がらせに耐え続けるなかで、事態は部落差別事件へと発展した。
〈部落〉。果たしてこの言葉を聞いてピンとくる人はどれだけいるだろうか? これまでの反差別運動や人権意識の高まりにより、20〜30年前と比べれば、目に見える直接的な差別事件は減少しており、法務局の人権侵犯事件の救済手続き件数も減少傾向にある。苛烈な部落差別があったのはもう昔のことだ、という認識が多くの人々の肌感覚だろう。
 しかし、いまだに根強い結婚差別、ネットにおける悪質な書き込みの深刻化など部落差別は残念ながら現存し、そのため2016年末に国や地方公共団体の責務などを明記した部落差別解消推進法が成立している。この事件はその部落差別の一事例である。

事件の経緯
 人口38万人、善光寺の門前町として有名な長野県長野市。夫と息子の3人で市内に暮らしているTさんは、向かいに住んでいる隣人K(妻との2人暮らし)によって2011年春ごろから嫌がらせを受けている。
 きっかけはタクシー運転手の夫が昼食の弁当を取りに戻った際、自宅前に車を停車させたことだ。「そこは市道だぞ! 私用に使うな!」と騒ぎ写真を撮りはじめたKに困ったTさんは警察に通報。それを恨んだKは以後、つきまとい、待ち伏せ、「キチガイ!」などの罵声を浴びせるなどの嫌がらせを続けている。

 KがTさんの町内に越してきたのはその前年2010年。当時から、その言動を問題視する声もあった。実は、Tさんの事件以前に別の隣人をターゲットにして、玄関ドアの破壊や暴言を吐いていた。自分が巻き込まれるのを怖れ、やがて近隣住民はKのTさんに対する迷惑行為に対して口をつぐむようになった。
 そして2014年。Kは突如として、Tさんに対し連日連夜「チョーリッポ」「ヨツ」「部落民」などと部落差別発言をするようになり、近隣トラブルから部落差別事件へとエスカレートする。

ベランダからTさん宅に向かって差別発言を繰り返すK

 実はTさんの両親は被差別部落出身者だった。しかし、Tさん自身は事件が起きるまで差別らしい差別を受けたことがなく、〈部落〉を他人事のように考えていた。そして、それまでTさんのルーツを知るのは周囲では夫だけだった。

 2015年には「私、○○は一般人ではありません。私達は特別な人(部)です。長年隠していました。申し訳ございません。今迄通りよろしくお願い致します」とTさんの夫の名でなりすました文書が近隣住民に配布される事件が起きた。この件にKが関わっているという確実な証拠はない。しかし、Kが差別発言を始めて以降に撒かれた文書であるので、TさんがKの関与を疑うのは自然の流れだ。
 さらに行政の対応も問題だった。Tさんは市の人権同和政策課(当時)に相談に行くも、対応が遅く、結局自ら文書を回収することになった。Tさんが回収した文書は40枚以上にのぼる。また法務局と警察にも回収した文書を提出したが、何も進展はなかった。

Tさんの夫になりすました怪文書。K宅の鍵を壊した、深夜まで騒いだなど、まるでKが被害者のような内容

 2015年末、Kは路上でTさんに殴る蹴るの暴行を加え、逮捕された。Kには懲役6カ月、執行猶予3年の判決が言い渡された。保護観察付執行猶予の身になったKは、つきまといなどを禁止する特別遵守事項(事件の内容や事件に至った経緯等を踏まえ,個人の問題性に合わせて付けられるルール)が通知されたため、誰もが事件の終焉を期待していた。しかし、自宅に戻った1カ月後、Kは嫌がらせと差別発言を再開。Tさんは保護観察所にKの行為を連絡したが、なぜか執行猶予が取り消されることはなかった。Tさんは、睡眠薬が手放せないほど精神的に追い詰められながらも、いつか裁判で役に立つだろうと、Tさん自身を侮辱し続けるKの行為を記録し続けている。

近隣トラブルとしての側面
 当初は近隣トラブルから始まったこの事件。もしこの時点で解決できていれば、ここまで事態は深刻化しなかったかもしれない。日本法規情報の調査によると、日本全国で5割近い人が近隣トラブルを経験しているという。極端なケースでは殺人事件にまで発展する場合もあり、近隣トラブルの解決は一般的に難しいとされている。
 2016年、ストーカー規制法に基づいて、39の都道府県が迷惑防止条例を改正した。この条文では〈つきまとい〉〈いちじるしく乱暴な言動〉〈名誉を害する事項をつげ、又はその知りうる状態に置くこと〉などが盛り込まれ、罰則規定もある。Kの行為は明らかに条例違反となる事例であろう。しかし長野県ではいまだ改正されていない。
 警察や行政は、Kの暴言や差別発言などの人権侵害に対して、現行法では何ら対処できない状態だ。

部落問題としての側面
 長野県の行政が把握している限りでは今年度で2件、昨年度で3件の部落差別事件が県内で起きている。Tさんを支援しているNPO法人・人権センターながの代表、高橋典男さんは「部落差別の相談はいまだ多く、公表はできないんですが、報告に上がらないだけで相当数の事件が長野で起きています。まだまだ部落差別が根強いんですよ」と、あくまでも行政の報告は氷山の一角でしかないと語った。そんななかで起きた今回の事件から、部落問題の今日的な一面が垣間見える。

 前述した通り、Tさんの出自を知っているのは周囲では夫しかいなかった。では、KはTさんのルーツをどこで知ったのか?
 高橋さんは次のように推測する「地域の人は旧姓と出生地で大体のルーツがわかるんですよ。おそらくKもどこかでTさんの情報を聞いたんでしょう。逆に、部落の人よりその周囲の人のほうが、どこが部落なのかって知っていたりするんですよね」。

 Tさんにとって〈部落出身者〉はあくまで、両親のことであり、自分とは関係ないものとして捉えていた。しかし、Tさんが生まれ育った場所は部落出身者が集まっていたという理由で、一部の人から〈部落〉としてみなされているという。この〈みなされる差別〉が現在における部落問題の特徴のひとつだ。なんらかの形で〈部落〉に関わりがあるというだけで、部落差別される可能性があるのだ。現にKは部落出身者ではないTさんの夫も〈部落民〉と罵っている。

 Kの行為によって「内臓が掻きまわされるような気分」だったとTさんは語った。いまでも自身が〈部落出身者〉だと認識することについて違和感を感じているという。現在、部落の外で暮らす人々や、新たに部落にやってくる人など、その関わり方も多様になっている。〈みなされる差別〉はそのすべてを〈部落出身者〉と見なす。〈部落〉か〈部落ではない〉かという二元論に当事者の選択肢はない。しかし〈部落出身〉という表現は、Tさん自身の曖昧な出自への感覚を 捉えきれていない。そこで、本人と相談した結果〈部落をルーツにもつ〉という表現に落ち着いた。
 今後〈親が部落出身者〉〈祖父が部落出身者〉など、新たな世代が生まれてくる。Tさんのように差別によってルーツと向き合う可能性はまだ十分にある。私たちはきちんと、当然のように部落をルーツとして受け止めて〈部落をルーツにもつ〉ことを一般的なものにしなければならない。

この事件の被害者Tさん。自宅にて

最新の事情
 2018年2月現在、取材当時から状況は大きく変わった。昨年12月、Kが窃盗で逮捕されたのだ。現在、裁判中でKは県外の病院に入退院を繰り返している。しかし、Tさんの現状はあまり芳しくはない。昨年12月に受理された名誉毀損の刑事告訴は結局不起訴。
 高橋さんは「以前、警察官に証拠(Tさんが記録した映像と音声)の公然性(不特定多数の目撃者がいる)が低いと言われたことがある。だから今回も不起訴だったのでは。ただ、あれだけ明確な映像が残っているにも関わらず公然性がないとは考えにくいのですが──」と憤りを感じている。やれることは全てやろうとTさんは検察審査会に申し立てを行なった。さらに現在、民事での損害賠償請求で提訴、裁判が始まったばかりだ。
「おそらくこのまま行けば、傷害のほうで執行猶予が取り消されるだろうが、病院に通院という形になるだろう。人権侵害に対してあまりにも法的、行政的に無力すぎる」と高橋さんは語った。
 また、部落差別解消推進法はあくまで〈差別をなくす努力をする〉という理念だ。この事件はTさんだけでなく、部落問題の直面している当事者にとっても、当事者救済の手立てがないという問題を浮き彫りにしている。

 いまは一時的な平穏が訪れているが、Kの行為が再開しない保証はどこにもない。Kを止める手段の確立、そして、同時にKの動機を解明しない限り、同じような事件が繰り返し発生し、先の見えない状況に陥るだろう。もしKの行為が再開したらTさんはまた耐え忍ぶ日々を送らなくてはならない。この事件はまだ解決してない。

満若勇咲氏のインタビューは次ページにて

なぜコナンが追いかける犯人は〈プラスチック爆弾〉を使うのか

「真実はいつもひとつ」の決め台詞で知られる、青山剛昌原作の大人気シリーズ、〈名探偵コナン〉の劇場版最新作『名探偵コナン ゼロの執行人』(2018)が、興行収入72億円を突破し、昨年公開された『名探偵コナン から紅の恋歌』(2017)の興行収入を上回った。シリーズ22作目となる今作では、東京サミットの開催会場である超巨大施設〈エッジ・オブ・オーシャン〉を狙った大規模爆破事件が発生し、名探偵の毛利小五郎が犯行の容疑をかけられ、身柄を拘束されてしまう。父の突然の逮捕に、小五郎の娘、毛利蘭はショックを隠せない。主人公の江戸川コナンは、疑いをかけられた毛利小五郎のため、そして愛する蘭のため、事件の真犯人を追う。

今作も含め、劇場版名探偵コナンは、爆発シーンが頻出する。飛行機事故による航空燃料への引火爆発、メタンガスを利用した爆発など、爆弾が原因ではない爆発もあるが、劇場版名探偵コナン全22作品のうち、20作品でなんらかの爆発が起こり、うち数作品で、犯人は〈プラスチック爆弾〉を使用している。シリーズ1作目『時計仕掛けの摩天楼』(1997)での「青みを帯びたオレンジ色の閃光は、プラスチック爆弾の特徴だ」というコナンのセリフで〈プラスチック爆弾〉という言葉を初めて耳にしたコナンクラスタも多いだろう。

なぜ犯人は、プラスチック爆弾を犯行に使用するのだろうか? 謎を解くため、かのよしのり氏(元自衛隊員・軍事評論家)に連絡をとった。

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犯人が使用する〈プラスチック爆弾〉とは、何なのでしょうか? 

プラスチック爆弾とは、プラスチックでできている爆弾ではありません。粉末である爆薬をワックスなどの油脂に練り込んだ、粘土状の柔らかい爆弾です。粘土状にすることで、爆弾の大きさや形を手で自由に変形できるようになります。ようかんのように紙などで包装されていて、全体量の半分だけを使用したり、2包み、3包みの爆弾をひとつの塊に練り合わせて使用することもできます。

犯人はなぜ、プラスチック爆弾を使用するのでしょうか?

おそらく、アニメやドラマでプラスチック爆弾が使用されるのは、プラスチック爆弾が爆弾と気付かれにくい、という点が大きいでしょう。爆弾の見た目は本当に粘土のようで、素人には爆薬だと判断できません。植木鉢にでも入れて、そこに植物を刺しておけば、素人が爆弾を発見するのはまず無理です。プラスチック爆弾は、手で自由に変形できますので、例えば鉄の扉の蝶番だけを爆破させたりと、芸の細かい爆破に向いているんです。ただ、大規模にドカンと爆発させるのであれば、例えばダイナマイトなどを用いてもいい気がしますね。

しかし、ダイナマイトよりもプラスチック爆弾のほうが、爆弾だと気づかれにくいんですよね?

ダイナマイトときいて、筒状の爆弾をイメージするかもしれませんが、プラスチック爆弾と同じように柔らかい材料を紙やビニールに包んで筒状にしています。包装を剥がしてしまえば、ダイナマイトもプラスチック爆弾も似たようなものです。ただ、プラスチック爆弾は、ダイナマイトよりも軍事用途の使用を想定していますから、気温の変化で変質しにくいです。ダイナマイトは、気温が低すぎると爆発しなくなり、逆に暑すぎると、ダイナマイトの主剤である〈ニトログリセリン〉がにじみ出てきてしまいます。

爆弾についての知識が浅い素人でも扱いやすい爆弾だから、犯人はプラスチック爆弾を使用するのではないですか?

プラスチック爆弾の製造には、専門的な知識が必要なので、素人がつくりやすい、爆弾の材料が手に入りやすい、ということはありません。プラスチック爆弾を爆発させるには〈起爆用雷管〉が必要で、起爆用雷管なしで着火しただけでは、ただ燃えるだけで爆発はしません。起爆用雷管も、素人が簡単につくったり手に入れるのは困難です。もし本当に起爆用雷管を手に入れるなら、犯人は爆薬を扱っている工事現場や会社から盗むほかありません。

プラスチック爆弾に時限装置を搭載することは、現実的に可能なのでしょうか?

時限装置自体は、市販されているさまざまなタイマーや、時計の改造で簡単につくれます。電気雷管に乾電池1本程度の電流を流せれば、時限装置は成立します。ただし、犯人はその電気雷管をどこかから盗まなければなりませんね。

シリーズ第1作『時計仕掛けの摩天楼』(1997)では、最初の犯行にプラスチック爆弾を使用した犯人が、ラストで建築物に時限爆弾を仕掛けます。時限装置が搭載されたプラスチック爆弾を解体する場合、劇中に出てくるようなカラフルなコードを1本1本切っていくことになりますか?

「俺の爆弾を処理できるか?」という挑戦をしたい愉快犯が、特別な仕掛けをしない限り、こんなに複雑な配線にはならないです。それに、〈後何分で爆発します〉とわかりやすく数字を出す必要もないですよね。この犯人は、爆弾の設計図に2本のコードをわざと書いていませんし、挑戦がしたくて、かなり頑張って仕掛けをつくったのではないか、と思います。

12作目『戦慄の楽譜』(2008)の冒頭シーンで、プラスチック爆弾の爆発により2人が死亡、1人が重傷を負う事件が起きています。この爆発では、どのくらいの量のプラスチック爆弾が使用されたと考えられますか?

もし犯人の目的が〈建物を破壊する〉ならば、やはり爆弾は何kgも必要です。犯人の目的が〈人を殺傷する〉であれば、爆弾を丈夫な容器に入れ、爆発によって容器の破片を飛び散らせる可能性があります。例えば、ブロンズの置物のなかで爆弾を爆発させ破片を飛び散らせるなら、犯人は半径約10m圏内にいる被害者を殺傷するために、100gほどの爆弾を用意する必要があります。犯人が爆弾を丈夫な容器には入れず、爆風だけで被害者を殺傷する場合は、被害者のすぐ足元で500gの爆弾を爆発させる必要があるでしょう。この爆発だと、犯人はだいたい牛乳パック4、5本の量のプラスチック爆弾を用意したのではないか、と推測します。

10作目『探偵たちの鎮魂歌』(2006)では、犯人によりプラスチック爆弾が搭載された時計型のIDをつけられてしまいます。犯人は「コンポジション4、つまりプラスチック爆弾が組み込まれていたんです」と発言しますが、〈コンポジション4〉とはなんですか?

〈コンポジション4〉とは、プラスチック爆弾のひとつです。〈C4〉と略されて呼ばれる場合もあります。第二次大戦中にはすでに〈C1〉が使用されていましたが、〈C1〉〈C2〉の段階では、温度の低い環境では爆弾が硬くなってしまい、自由自在に変形できる、という特性が発揮できませんでした。特性を維持できるよう改良され生まれたのが〈C4〉なんです。

20作目『純黒の悪夢』(2016)で、爆弾をみたFBI捜査官の赤井秀一が「C4だ」と発言しますが、あれもプラスチック爆弾なんですね。劇中では、コナンが爆弾を発見しますが、素人でもプラスチック爆弾を発見できるでしょうか?

「爆薬が仕掛けられている」という情報があればともかく、素人ですと発見は困難ですね。爆薬の臭いを嗅ぎ分ける訓練を受けた犬や、探知機材が必要です。最近は、盗まれた爆薬がテロに使われたときに、爆発前に発見するため、国際的な申し合わせで、犬や機械で探知しやすい臭いをを爆弾に付けるようになりました。警察などの組織は、以前よりは爆薬を探知しやすくなりましたが、そのせいで起きてしまった事故もあります。2008年、プラスチック爆弾を舐めた自衛隊員22人が急性薬物中毒を起こしたんです。プラスチック爆弾は、舐めると甘いんです。自衛隊員は臭いの成分が有害だと知らずに、舐めてしまったんですね。中毒症状を起こしますので、みなさんは絶対に舐めないでください。

もしプラスチック爆弾を発見したら、被害を最小限に抑えるため、私たちには何ができますか?

被害を最小限に抑えるには、爆弾がどのような場所に仕掛けられているか、対応時間はどのくらいあるか、という状況によって様々でしょうが、例えば、水の入ったドラム缶のなかに爆弾を入れる、という対応も考えられます。しかし、犯人はひねりにひねった仕掛けをしているかもしれません。もし爆弾を見つけたら、警察に連絡して、一般人は避難するのがいちばんです。

缶バッジが抑止する痴漢被害

缶バッジひとつで、世の中は変わるだろうか? 〈痴漢は犯罪です〉〈私たちは泣き寝入りしません〉というメッセージが込められたこれらの缶バッジは、一見すると可愛らしいデザインの、よくあるおしゃれアイテムだ。「こんなもので世の中が変わるわけないだろう」と相手にしないひともいるかもしれない。しかし、この缶バッジに願いを託し、痴漢被害を本気でなくそうとしている大人がいる。〈痴漢抑止バッジ〉と名付けられたこのバッジは、どのように痴漢被害を抑止し、世の中を変えるのだろうか?

2015年、大阪で設立された痴漢抑止活動センターは〈痴漢抑止バッジ〉を製作し、関西の南海電鉄、原宿の竹下通りにある雑貨店〈ハッピーワン〉、そして痴漢抑止活動センターオンラインショップなどで販売している。「痴漢抑止バッジは、16歳の少女が1年間痴漢と闘うなかで見つけた〈答え〉だったんです」。痴漢抑止活動センター代表の松永弥生氏は、カバンにぶら下げている1枚のカードを見せてくれた。

松永氏が痴漢抑止の活動を始めたのは、友人の娘が痴漢に遭ったことがきっかけだった。高校入学直後から、週に3、4回のペースで痴漢被害に遭っていた彼女は、母親とともに「女性専用車両を増やしてほしい」と鉄道会社に訴えた。しかし、たった2人の意見など通るはずもなく、警察に相談しても「この人痴漢です、と勇気を出していえば、周りのひとが助けてくれるから」とアドバイスをされるだけだった。警察からのアドバイスを受け、彼女は勇気を出して声をあげたが、同じ電車に乗り合わせた周囲の大人は、彼女を助けなかった。高校2年生になった彼女は、もうこれ以上痴漢に遭いたくないと、自作した痴漢抑止カードを身につけ、ひとりで電車に乗った。すると、痴漢に遭うことはパッタリとなくなったそうだ。友人の娘が自作したカードを見た松永氏の胸に、切ない気持ちがこみ上げた。

「高校生になったばかりの16歳の少女が、ひとりでこのカードを付けて電車に乗らないと身を守れない事実が、ただただ切なかった。周りの大人がだれも助けてくれないことを知って、彼女は絶望している、と私は感じました。私も痴漢に遭った経験はありますが、私は痴漢に対して、何もしてこなかったんです。そしたら、あのときの私たちと同じように、次の世代が苦しんでいる。私たち大人がなんとかしなくては、と感じました」。友人の娘の行動に背中を押された松永氏は、もうこれ以上、16歳の少女がひとりで闘わなくてもいいように、このカードをもう少しかわいいデザインの、みんなが身につけやすい缶バッジにして、世の中に広めようと決心した。

痴漢抑止バッジの台紙には、痴漢から身を守る方法がイラストで描かれている。

痴漢抑止バッジの製作、販売活動をはじめた松永氏は、缶バッジを痴漢抑止活動センターのホームページ以外で販売するため、企業や団体と交渉を重ねた。電鉄系企業のなかで、いちばん最初にバッジの販売を決めたのは、南海電鉄の駅ナカコンビニ〈アンスリー〉だった。「高校時代に痴漢被害に遭った経験のある女性のバイヤーさんが、取り扱いを即決してくれたんです」。痴漢抑止バッジの駅構内取り扱いは、他の商品のようにすんなりとはいかない。鉄道会社としては、痴漢抑止バッジを取り扱うことで、痴漢が多い路線だと利用者に思われてしまうのは避けたいからだ。

「そもそも、コンビニの主力商品は日配食品と呼ばれる弁当やパンなどです。駅構内のコンビニは売り場面積が小さいため、厳選された売れ筋商品が並ぶ〈激戦区〉でもあります。大きな利益にならない痴漢抑止バッジを駅構内の店舗でお取扱いしていただきたいと願うのは、無茶な話なんです。それでも痴漢抑止バッジを取り扱ってくださるのは、本気で痴漢抑止の活動に賛同して、このバッジを痴漢の被害者に届けたい、という思いがあるからでしょう」

公式サイトでの痴漢抑止バッジの売り上げは、2018年5月現在で、2017年の売り上げをすでに上回っている。とはいえ、痴漢をなくすには、さらなる認知度の向上が必要だろう。無料で痴漢抑止バッジを配布するほうが、早く世間に広まるかもしれないが、松永氏は痴漢抑止バッジを流通に乗せることにこだわる。

「毎日、どこかで痴漢に遭っている子がいます。無料配布だと、そのときその場にいないと手に入りませんし、活動自体続きません。今すぐ欲しい、と感じたときにすぐ手に入れるには、やはり流通に乗せるのがいちばん効率がいいんです。流通は、ひとつの大きな〈メディア〉だと私は思っています。いま流行っているモノ、話題のモノ、必要とされているモノがそこにはある。このバッジが駅で販売されているだけでも、痴漢被害はここまで切実な問題なんだ、とみんなが意識する。それだけで、痴漢を抑止する効果はあります」

南海電鉄アンスリーのように、すぐに取り扱ってくれる企業もあるが、なかなか販路が広がらない現状に、松永氏はもどかしさを感じている。彼女が活動当初に集めたクラウドファンディングの資金は底をつき、融資と自身の貯金を切り崩し活動を続けている現在の状況を、松永氏はなんとか乗り越えようとしている。

「あなたは、この活動をどこまで本気でやるんですか? と試されているんです」

活動資金が苦しい今だからこそ、彼女には譲れないものがあるという。

例えば、マタニティマークのように、痴漢抑止バッジも1つのデザインに統一してしまえば、デザイン費や在庫管理のコストを抑えられるだろう。しかし松永氏は、あえてコストをかけて、痴漢抑止バッジのデザインコンテストを開催し、学生からデザインを募集している。痴漢被害に遭う割合が多い、中、高、大学生と同年代の感性から生まれたデザインを採用することで、どのデザインのバッジがいいか、バッジの購入者に自分の〈意志〉で選んでもらうのうが重要だと彼女は主張する。

「痴漢抑止バッジをつければ、痴漢に遭わないわけではありません。痴漢に遭いたくないから、自分の意志でこのバッジをつけるんだ、という本人の気持ちがとても大事なんです」

もうひとつ、彼女がコストをかけてまで守りたいものがある。痴漢抑止バッジのパッケージのなかには、ハガキが同封されている。バッジの購入者が、痴漢被害についての想い、バッジへの意見を書けるハガキを同封し、当事者の声を目に見える〈かたち〉にすることに彼女はこだわる。

「この活動を始めたとき、ちょうど〈保育園落ちた日本死ね〉という、一般人が書いたブログが話題になったんです。そのブログについて、インターネット上に書かれたような発言は、だれが言ったかわからないし、本当にあったかわからない、と国会で政治家が発言しました。もし痴漢被害にも同じようなことを言われたら、と考えたらすごく悔しくて腹が立ちました。痴漢の被害者には、絶対にそんな言葉を浴びせたくない。コストはかかりますが、みんなの気持ちをかたちにしようと、手書きの思いを集めはじめたんです」

ハガキのメッセージには、それぞれの素直な想いが綴られている。

ハガキに書かれたメッセージは、女性からはもちろん、男性からのメッセージもいくつか目につく。

「意外だったのは、この活動に男性からの支持も集まったことです」

痴漢抑止バッジの活動を通して、松永氏自身の男性観にも変化があったそうだ。

「私自身、8歳の時から痴漢に遭ってきたので、男性はみんな、当たり前に痴漢をするものだと思ってました」。松永氏は活動前の自身を振り返った。活動を始めると、数名の男性から、男性が身につける〈痴漢から守りますバッジ〉をつくってほしい、という要望があったそうだが、痴漢抑止活動センターとして、そのバッジは製作しないと決めた。もし、〈痴漢から守りますバッジ〉を痴漢加害者が手に入れてしまったら、被害者は誰も信じられなくなり、より深い傷を負うのではないか、と松永氏は危惧したからだ。

「その男性にそう伝えたら、彼はすごく驚いた顔をしたんです。彼の反応を見て、この人は絶対痴漢はしないし、痴漢をしようなんて考えたこともない人だ、と確信しました。私はこの活動のおかげで、痴漢することを考えない男性がいるんだ、と初めて信じられたし、そういう男性がいるのがとても嬉しかった」

痴漢問題について考えるとき、どうしても男性と女性を対立させがちだ。しかし松永氏は、男性も痴漢の〈被害者〉だと主張する。

「痴漢の被害者は、痴漢行為を受けた女性だけではありません。痴漢冤罪に怯えている男性も、痴漢の被害者なんです。悪いのは男性ではなく、痴漢をする加害者です。痴漢抑止バッジをつけ、痴漢の被害者がいなくなれば、加害者もいなくなる。つまり、痴漢冤罪の被害も起きなくなる。痴漢抑止バッジは、みんなにとって必要なバッジなんです」

ただし、痴漢抑止バッジがただの缶バッジになってしまうシチュエーションももちろんある、と彼女は続けた。

例えば、夜道を歩いていたり、加害者の自宅に招かれた場合、痴漢抑止バッジは役に立たない、と松永氏は断言する。しかし、痴漢犯罪が圧倒的に多い電車や駅構内での痴漢行為が無くなれば、世の中の性犯罪や性暴力への意識全体が変わる、と彼女は信じている。

「嘘つきが泥棒のはじまりだったら、痴漢は性暴力の始まり、入り口です。痴漢抑止バッジが普及することで、痴漢くらい良いだろう、という意識が変わって、痴漢も絶対に許されない社会になれば、世の中全体が変わると私は信じています」

Who Are You?:須藤康隆さん(39歳)契約社員

週末夜のスーパー。おふたりのイケてる女性。これからしっぽりとホームパーティーかな。ごめんなさい、買い物カゴを覗きましたところ、赤ワイン、ローストビーフ、海老しんじょ。そして、「わー! 素敵なシールのコーナーですよ!」おそらく後輩さんであろう女性の目線の先には、お寿司の30%OFFコーナー。でも、おそらく先輩であろう女性は、ピザのコーナーにいました。お寿司の声、届いていたかな。

日々の生活の中で、私たちはたくさんの人たちとすれ違います。でもそんなすれ違った人たちの人生や生活を知る術なんて到底ありません。でも私も、あなたも、すれ違った人たちも、毎日を毎日過ごしています。これまでの毎日、そしてこれからの毎日。なにがあったのかな。なにが起るのかな。なにをしようとしているのかな。…気になりません?そんなすれ違った人たちにお話を聞いて参ります。

須藤康隆(すどう やすたか)さん 39歳:契約社員 

須藤さん、本日はよろしくお願いします。

よろしくお願いします。

応募動機がとてもシンプルでした。「モテたいから」と。

はい、ええ、はい。

すいません、「モテたい」というので、もうちょっとブーちゃんなのかなぁ、と勝手に思っていたのですが、とても渋くてステキですね。

いえ、そんなことはありません、そんなことは(笑)。

やっぱりモテたいんですか?

はい(笑)。

今ですか?

そうですね。

須藤さんがおっしゃる理想の〈モテ〉具合を教えてください。

…ジローラモみたいな。

わかりやすいです! 

はい。やっぱり、ちょいワルって憧れます。

須藤さんは、ちょいワルではないと?

はい。ちょいショボです。いや、ただのショボです。

うまいこといいますね! やっぱりジローラモになって、お姉ちゃんをなんとかしたいんですか?

まぁ、上質なお時間が過ごせればと。

ほほう! そのお時間を教えてください!

まぁ、女性と一緒にお酒を楽しむようなことです。最終的にカラダ的なこと云々ではありません。その場の会話を際限なく進められるようになるのが理想です。

どんな会話をする予定ですか?

そこまで考えてはおりません。

はい(笑)。ちなみにこのコーナーに出れば、モテると期待しているのですか?

知名度は増しますよね?

まあ、そうかもしれませんけど、何名か、こちらで恋人募集みたいなことをやったのですが、おそらく成果は出ていないはずです。

そうなんですか。全然なんですね。

はい、全然です。すいません。

そうでしたか、そうでしたか(笑)。

じゃあ、現在付き合ってらっしゃる方は

おりません。ひとりものです。

どんな生活をしてらっしゃるのですか?

お察しの通り、寂しくて、わびしい生活です(笑)。

はい(笑)。お住いはどちらですか?

横浜の南区です。最寄駅は、地下鉄ブルーラインの吉野町になります。

あ、終点は湘南台ですよね。リサコさんが住んでらっしゃるところ。女子大生はいかがですか?

嬉しいです。女性大生にもモテたいですよ、辛く(笑)。

現在は、おひとり暮らしですか?

はい。給料もそんなによくありませんし。はい、わびしいですよ(笑)。

お仕事は、なにをしてらっしゃるんですか?

ケーブルテレビのテクニカルサポートです。

ああ、テレビとかが映らないときとかに、お助けしてくれるヤツですか?

はい。おじいさん、おばあさんから電話がたくさんかかってきます。

帰宅後は何をしてらっしゃるんですか?

ひたすらお酒を飲んでいますね。

ひたすら何を飲んでいるんですか?

ビールです。ずっとビールを飲んでいます。

毎晩、どれくらい飲むんですか?

2リットルくらいです。

2リットル!!!! ちょっと大丈夫ですか! 痛風とかは? リサコさんもやばそうでしたよ!!

今のところは大丈夫です(笑)。

500m x4本ってことですよね? 

はい。

銘柄は?

サントリー金麦です。

じゃあ、冷蔵庫のなかには、金麦がいつも控えているんですか?

いえ、あればあるだけ飲んでしまうので、4本以上はキープしないようにしています。その日のうちに飲む分だけ買って帰ります。

偉いですね! いや、偉くないか。じゃあ、ご自身でおつまみも用意して?

基本的に飲んでいるときは、なにも食べません。お酒があれば大丈夫です。

夕飯は食べないのですか?

うーん、基本的に飲むと眠たくなってしまうので、眠気が出てきたら、サッと食べて寝るようにしています。

なにを食べて寝るんですか?

焼きそばですね。

アハハ!! ペヤングですか? UFOですか?

いえ、フライパン系です。マルちゃんとか。

ああー(笑)。具を教えてくださいますか。

ソーセージですね。

はい(笑)。じゃあ、テレビでも観ながらゴクゴクと?

テレビではないですね。音楽をかけています。

なにをかけながら、金麦を飲んでいるんですか?

ピクシーズです。

アハハ!!!!!!

はい(笑)。最近は『ドリトル』です。アハハ!!!!!!

アハハ!!!!!! 最高ですね! でも、須藤さん、もしかして、ちょっとアルコール依存症入ってます?

うーん、ちょっとあるかもしれませんね(笑)。でも前はもっと酷かったんで。

あらー、その辺も今日は教えてくださいね。

はい(笑)。

須藤さん、ずっと横浜ですか?

いえ、仙台の出身です。大学を卒業してから横浜に来ました。

どんなお子さんだったのでしょう?

キン消し、ビックリマン、ファミコン…でしょうか?

はい(笑)。

あとは、うーん…。小学校の頃ってあんまり覚えていないんですよね。母親がやたら〈ボンバーマン〉がうまかったことは覚えています。

お母さんったら(笑)。ご実家のお仕事は?

喫茶店だったんです。夜はちょっとバーになるような。

ナポリタンとか!!

そうですね(笑)。あとは鴨肉のソテーとか。

おしゃれですね!!

お昼は母親、夜は父親が仕切っていました。

じゃあ、須藤さんもおしゃれソテーを食べて成長したと?

うーん、どうでしたでしょうか。あんまり覚えていないもんですね。すいません。

いつ頃なら覚えています?(笑)

中2くらいでしょうか。

じゃあ、そこからお願いします!

陸上部に入っていたのですが、その頃から音楽を聴くようになりました。

お! ピクシーズ?

いえ、その頃は王道のメタルとかハードロックですね。メタリカとか…

はい!

パンテラとか。

パンテラは王道かなぁ(笑)。

『俗悪』とかがリアルタイムでしたので(笑)。そこからどっぷりと音楽だらけの生活になりました。

ご自身でバンド活動とかもやっていたんですか?

ギターを始めたんですけど、バンドは高校に入ってからですね。

それはやはりパンテラ的な?

いえ、それがまったく違って、ファンク・バンドです。ジェームス・ブラウンとかスライのカバーとか。

んん? なんでそんな流れになったのですか?

子供たちにバンドをやらせていた大人がいたんです。ジャクソン5みたいに親が仕切って。

フムフム。

当時、僕はテレキャスターを持っていたのですが、フェンダーではなくて、セイモア・ダンカン製だったんですね。ファンク親父の息子が高校の同級生だったので、そこで目に止まり、スカウトされたんです。

でもパンテラから、いきなりファンクでしょ? どうでしたか?

はい、大変でした。それまではバリバリのパワーコードで、「俺は弾ける!!」と思っていたんですが、ファンクはまったく弾けなかった。めちゃくちゃ難しかったんです。でもやっているうちに、その難しさが面白くなり、自分の幅もどんどん広がっていったので、そこからはさらに音楽中心の生活になりました。

でもバンドマンだったらモテるでしょ。高校は共学だったんですか?

いえ、工業高校だったので、女の子がまったくいなくて。

あらー、じゃあ、その頃からモテたかったと?

いえ、そんなこともなく(笑)。なんていうんでしょうか、当時はストイックにやっていたはずです。とにかく最初はファンクが苦痛だったんです。パーラメントとかも「わかんねぇー! 面白くねぇー!!」って感じで。でもスパルタでやらされているうちに、どんどんハマっていったんです。ですから一生懸命、音楽のことばかり考えていましたね。

悶々としなかったですか?

そこは適当にエロ本とか見ていましたから大丈夫です(笑)。そんなに性欲が強い方ではありませんでしたし。今でもそうだと思いますよ。

あら! ジローラモを目指しているのに!!

ああ、そうでした(笑)。

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肌の色が違う息子を抱く黒人の母

「ご家族は遠くにお住まいなの?」。ある女性が息子を見つめ、うなずきながら私に質問した。息子と訪れたプールの更衣室でのことだ。「川向こうの、ここからそんなに遠くないところです」と私は答えながら、質問の意図をはかりかねていた。帰り道、私はその意図に気付いてはっとした。彼女はこの子の家族は他にいると思い込んでいたのだ。私たちが親子だとは思いもしなかったのだろう。私は唇を噛みしめ、こぼれる涙を拭った。

2017年、自宅でBBCのインタビューを受けていた白人教授、ロバート・E・ケリー(Robert E. Kelly)氏の部屋に子供たちが乱入したとき、慌てて後から入ってきた韓国人の夫人を見て、多くの視聴者がベビーシッターだと勘違いをした。この出来事をきっかけに、偏見や人種差別についての議論が世界中で沸き起こったが、有色人種の母親にとっては、日常茶飯事だ。有色人種の英国人が半数以上を占めるロンドンで、10年以上暮らしている私は、無邪気にも〈肌の色で他人を判断する人はいない〉と信じていた。だが、息子の誕生をきっかけに、そんな考えは間違っていた、と再三思い知らされた。

店の警備員が息子をじろじろと見ながら、頭のなかに大きなクエスチョンマークを浮かべている状況に出くわしたこともある。「頼まれて子守をしているんですか?」と彼はつぶやいた。さすがにこのときは、怒りを抑えられなかった。「いいえ、私がお腹を痛めてこの子を産んだんです」とぶっきらぼうに答え、間の悪いやりとりを目にした周囲の戸惑った顔や、ぎこちない笑顔に見送られながら、早足で出口に向かった。街で投げつけられる無自覚な差別を、見えないバットで打ち返すことが、私の日常になりつつある。

母親になることは、今までとはまったく違う新しい世界に投げこまれるようなものだが、〈白い黒人〉の我が子を抱いた私が放りこまれたのは、想像を絶するほど厳しい世界だった。白人の母子には何もいわない保育士が、私に対しては本当の保護者かどうかを入念に確認する。アイルランド人女性からは、子供のアイルランドネームの発音を直される。公の場で息子をあやしていると、驚いてたじろぐ誰かが目に入る。私をベビーシッターだと誤解しているんだろうか、と疑心暗鬼になる。泣きたくなってもぐっとこらえて笑顔をつくる。

妊娠期間中、私の黒い肌ではなく、アイルランド人である父親の明るい肌を子供が受け継ぐ可能性があると知り、心の準備をした。息子が生まれたときは、小さな身体を見つめながら、病院の新生児受付フォームの〈黒人アフリカ人と白人の混血〉欄にチェックした。この子は確かに私の子であり、遺伝子の半分は、私から受け継いでいる。それをわかっていても、父親似だ、と周りから声をかけられると、気にせずにはいられなかった。息子は、私よりも父方の遠い親戚に似ている、といわれている気がした。

息子の誕生で、私の人生が大きく変わると、もちろん理解していたつもりだが、アイデンティティがここまで強く揺さぶられるとは想像もしなかった。公の場で息子をあやすとき、大げさすぎるくらいに、私が母親だ、と強調していることに気づき、はっとした。私は「〈ママ〉はあなたのことが大好きよ」「〈ママ〉はここよ!」と誰が見ても血のつながりがあるとわかるようにあやしていたのだ。今まで差別や偏見と闘うために、大勢の人に気を配ってきたのに、ついに街を行き交う見知らぬ他人にまで気を配らなければいけなくなるなんて。疲れ果てて感覚が麻痺してしまっていた。夫といっしょに3人でいるときは、この子が私たちの子供ではない、なんて誰も疑問を抱かないのに、私とふたりきりだとそうはいかない。母親失格、と糾弾されているような気分になった。

息子にセネガル人としての誇りを伝えたり、肌の色による差別、黒人差別、白人の特権をどのように教えればよいのか、正直自分でもよくわからない。私のアイデンティティを形成する重要な要素である黒い肌を、息子と分かちあえないことが寂しい。一方で、白い肌を持つ息子が、私が経験してきた苦難と無縁でいられることにはほっとしている。でも、もし息子がセネガルの伝統衣装〈ブーブー〉を着たいとか、髪型を〈コーンロウ〉にしたいといいだしたら? ハーフの子供は、ルーツにある文化を、本当の意味で理解するのは難しいとされるが、息子がそんな決断をしたときに、周囲に勘違いされはしないか、レイチェル・ドレザル(Rachel Dolezal)の経歴詐称と同じ扱いをされないか、と心配してしまう。

あるいは、息子が白人として生きていくことを望んだら? 大人になって書類の〈人種〉欄に、私がチェックした項目とは違う人種を選ぶときがくるかもしれない。私は自分が有色人種であることをはっきりと自覚しているが、いつか息子が、自分に黒人の血は流れていないと考える日がくるとしたら、苦しさで胸がつぶれそうだ。白人のアイデンティティが息子をまるごと飲みこみ、彼もそのひとりになることを選んだとしたら。そのほうが簡単に生きていけると気付いてたら。そう恐れずにはいられない。

息子を守りたい。でも、ふたつの異なる世界にうまく折り合いをつけ、器用に生きる術を教えられる自信もない。私は、黒人である事実を隠したことも、否定したことも、一度としてない。白人と呼ぶには黒すぎる私は、黒人と呼ぶには白すぎる息子がどういう経験をするのかわからない。白黒どちらにも属さない有色人種の気持ちはわかる。だけど、薄い肌の色の個人がどんな気持ちになるのかはわからない。

息子のアイデンティティに口を出す、うるさい親にはなりたくない。いつか、彼を彼たらしめる小さな欠片を寄せ集めて、然るべきアイデンティティを形成してくれることを、私は望んでいる。そのときまでに、「本当は、どちらの出身なんですか?」なんて差別的な質問などされない世界に変わっていればいいな、とも願っている。それは、内に秘めていようと外に主張しようと〈フィンランド系セネガル系北アイルランド系ロンドンっ子〉であることを誇れる世界だ。

〈人食いバクテリア〉とは何か。発見した臨床医が語る、その実態

※この記事には、気分を害する恐れのある写真が含まれていますので、閲覧にはご注意ください。

短時間のうちに体の壊死を引き起こす〈人食いバクテリア〉。その原因が劇症型A群レンサ球菌という細菌であることは感染症の専門家、秋山徹氏に聞いた通りだ。では実際の絵臨床の現場ではどのような対策が講じられてきたのか。国内でいち早くこの症例を発見し、論文を発表した医師がいる。長野県の岡谷市民病院に勤める清水可方医師だ。当時は千葉県の病院に勤務していた清水医師は、どのような経緯でこの細菌を発見し、対峙してきたのか。

§

最初の患者のことを教えてください。

1992年6月4日の夕方のことです。当時、私は千葉県旭市の旭中央病院に勤めていたのですが、44歳の男性が救急外来にやってきました。来院時は発熱と喉の痛みを訴えたので、ウイルス性咽頭炎と診断して抗生剤を処方して帰宅させました。翌朝、足の痛みを訴えて再び来院し、再度診察したところ、前日にはなかった暗赤色の発疹のようなものがあったんです。

同日午後から右足が壊死し始めました。皮膚組織の内側に筋肉を覆っている筋膜という組織があるのですが、その筋膜の壊死、〈壊死性筋膜炎〉が起きていた。港町である銚子近辺という旭市の土地柄を考慮して、生の貝類を食べることで発症するビブリオ・バルニフィカスという感染症を疑いましたが、どうも違う。ともかく壊死が始まっているので右足の切断を余儀なくされました。1.5時間ほどの外科手術を終えると反対の左足にも〈壊死性筋膜炎〉が起きていた。また慌てて切断です。

A群レンサ球菌による壊死性筋膜炎は進行が早いことも特徴だ。写真左は午前6時時点。写真右は正午時点。壊死が腿全体に広がっている。(提供:清水医師)

術後、切断面を検査すると、〈レンサ球菌〉が検出されました。レンサ球菌による壊死は創傷部から入ることが一般的なので、当初は両下肢に偶発的に同時に菌が侵入し、壊死を起こしたと考えざるを得ませんでした。

にも関わらず、入院4日目には両手、両耳、鼻にまで壊死が飛び火したんです。通常〈壊死性筋膜炎〉は連続して広がります。つまり、右膝で始まった壊死は腿から鼠径部へと拡大していくはずなんです。非連続に壊死が拡大することはない。そうなるとこれは血中にレンサ球菌が入り込んでいる、つまり〈敗血症〉の疑いが強い。ですが、レンサ球菌が血中に入る症状は今まで報告されていませんでしたし、教科書にも載っていなかった。私は麻酔医ですので、感染症の専門家ではありません。なぜ今まで誰も気づかなかったのか、今でも不思議です。

なぜ不思議だと感じているのですか?

敗血症による多臓器不全の95%がグラム陰性桿菌によるものです。わかりやすく言うと、大腸菌ですね。大腸菌が何かの拍子に血流に乗って悪さをすることが多い。残りの5%は髄膜炎などの日本ではほとんど見られない感染症です。レンサ球菌による敗血症症状は報告されていなかったんです。

その後、最初の患者は?

残念ながら亡くなりました。死後、病理解剖すると脳や睾丸、膵臓、腎臓など大半の臓器がやられていました。多臓器不全を引き起こしていたんです。メディアは〈人食いバクテリア〉という名前や、壊死している様子などショッキングな症状ばかりを取り上げますが、本質はそこではありません。劇症型A群レンサ球菌、海外ではTSLS(streptococcal toxic shock-life syndrome)と呼ばれていますが、名前の通り、ショック症状が起きるのが特徴です。突発的に起きる敗血症が原因で多臓器不全を起こすのがその本質だと考えています。ですから、壊死が起きず、いきなり心停止を招くこともあります。私の感覚では壊死性筋膜炎が起きていたのは症例の50%程度です。〈突発的〉とは外傷などの明らかなトリガーがないことを意味します。通常のA群レンサ球菌は創傷部から侵入すると考えられていましたから。その後も複数例、同様の症状を発見したので、93年に論文として学会に発表しました。

この患者は左足に壊死性筋膜炎が起きている。外見からはわかりにくいが、右足に比べて腫れ上がっているのがわかる。(提供:清水医師)

学会の反応は?

感染症が専門ではない麻酔医だったこともあり、〈嘘つき〉呼ばわりされました。血中に入り込んだ菌の画像を説明したところ、「死体の血中写真を出してるんだ、死後に免疫が低下して菌が繁殖した状態の画像だ」と言われました。もちろん存命中の画像なのですが、案の定、学会が大混乱になるほどの騒ぎでした。

確認ですが、レンサ球菌自体は珍しくはないんですよね?

そうです。レンサ球菌自体は誰が保有していても不思議ではありません。A群レンサ球菌による咽頭炎などは小児科ではよく知られています。ですが劇症型になる理由は解明されていない。ある患者の家族を調べたところ、家族全員から同種のA群レンサ球菌が発見されたのに、劇症化していないケースもありました。つまり菌の保有者になんらかの要因がある可能性があります。その要因はまだわかっていません。当たり前ですが人体実験が認められていない以上、臨床段階では、発症した患者を個別に分析していくことしかできません。

最初に症例が千葉県に集中したことから千葉県の風土病だとされたそうですね。

確かに私が勤務していた病院で多くの症例が見つかったのは事実です。ですが、これには理由があります。実は最初の患者さんが千葉県の公務員で、来院する直前に役所の上層部と一緒に海外に行っていたんです。A群レンサ球菌は空気感染するので、役所の上層部が「自分たちも感染したかもしれない」とパニックになった。そこで対策委員を立ち上げました。対策と言っても、講じた対策は「不審な死」を報告することです。すると今まで病院に運ばれて、すぐに亡くなったケースは〈急性心筋梗塞〉や〈原因不明死〉などで処理されていましたが、調べてみると劇症型A群レンサ球菌だったことがあったんです。

前出のケースとは別ですが、とある患者は朝4時に激しい腹痛で失神してしまい病院に連れてこられたのですが、運び込まれて15分後に心臓が止まってしまった。通常であれば〈原因不明の死〉や〈急性心筋梗塞〉と片付けられるところですが、病理解剖してみると人食いバクテリアに侵されていた。つまり、現在、感染者数が増えている背景には医師の間で認知が進んだことで、〈不審な死〉として処理するのではなく、術後に検査や報告がきちんとあがる仕組みが出来上がったことが一因でしょう。ただし、感染者数については、実は、2000年前後にパタっと止んだ時期があります。A群レンサ球菌のトレンドが変化することが要因でしょう。

トレンドの変化というと?

A群レンサ球菌の周囲にある〈M蛋白〉という棒状の物質です。これが人間の免疫をかいくぐるのですが、M蛋白の〈型〉は地域や年月によって変わります。

菌の周りにトゲのように生えているのがM蛋白(提供:清水医師)

病気のトレンドが変わることはしばしばあることです。劇症型ではないA群レンサ球菌の感染症のひとつに〈猩紅熱〉がありますが、これは18世紀までは治る病気でした。ところが19世紀半ばに突如、致死率30%の重病になりました。日本でも明治維新以降、法定伝染病に分類されていましたが、昭和以降は再び治療しやすい病気になりました。菌や症状にもトレンドがあるんです。

どのように防ぐことができるのでしょうか?

早期発見に尽きます。特に初期症状として発熱、強い全身倦怠感、低血圧が見られます。筋痛は特徴的で「運動後の筋肉痛」にも似た症状を引き起こします。いまだになぜ〈劇症化〉するかについては解明されていません。研究機関の頑張りを待つしかないのが現状です。

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関連記事:【日本の感染者数は過去最高 致死率30%の〈人食いバクテリア〉とは】

肌の色の違う息子を抱く黒人の母

「ご家族は遠くにお住まいなの?」。ある女性が息子を見つめ、うなずきながら私に質問した。息子と訪れたプールの更衣室でのことだ。「川向こうの、ここからそんなに遠くないところです」と私は答えながら、質問の意図をはかりかねていた。帰り道、私はその意図に気付いてはっとした。彼女はこの子の家族は他にいると思い込んでいたのだ。私たちが親子だとは思いもしなかったのだろう。私は唇を噛みしめ、こぼれる涙を拭った。

2017年、自宅でBBCのインタビューを受けていた白人教授、ロバート・E・ケリー(Robert E. Kelly)氏の部屋に子供たちが乱入したとき、慌てて後から入ってきた韓国人の夫人を見て、多くの視聴者がベビーシッターだと勘違いをした。この出来事をきっかけに、偏見や人種差別についての議論が世界中で沸き起こったが、有色人種の母親にとっては、日常茶飯事だ。有色人種の英国人が半数以上を占めるロンドンで、10年以上暮らしている私は、無邪気にも〈肌の色で他人を判断する人はいない〉と信じていた。だが、息子の誕生をきっかけに、そんな考えは間違っていた、と再三思い知らされた。

店の警備員が息子をじろじろと見ながら、頭のなかに大きなクエスチョンマークを浮かべている状況に出くわしたこともある。「頼まれて子守をしているんですか?」と彼はつぶやいた。さすがにこのときは、怒りを抑えられなかった。「いいえ、私がお腹を痛めてこの子を産んだんです」とぶっきらぼうに答え、間の悪いやりとりを目にした周囲の戸惑った顔や、ぎこちない笑顔に見送られながら、早足で出口に向かった。街で投げつけられる無自覚な差別を、見えないバットで打ち返すことが、私の日常になりつつある。

母親になることは、今までとはまったく違う新しい世界に投げこまれるようなものだが、〈白い黒人〉の我が子を抱いた私が放りこまれたのは、想像を絶するほど厳しい世界だった。白人の母子には何もいわない保育士が、私に対しては本当の保護者かどうかを入念に確認する。アイルランド人女性からは、子供のアイルランドネームの発音を直される。公の場で息子をあやしていると、驚いてたじろぐ誰かが目に入る。私をベビーシッターだと誤解しているんだろうか、と疑心暗鬼になる。泣きたくなってもぐっとこらえて笑顔をつくる。

妊娠期間中、私の黒い肌ではなく、アイルランド人である父親の明るい肌を子供が受け継ぐ可能性があると知り、心の準備をした。息子が生まれたときは、小さな身体を見つめながら、病院の新生児受付フォームの〈黒人アフリカ人と白人の混血〉欄にチェックした。この子は確かに私の子であり、遺伝子の半分は、私から受け継いでいる。それをわかっていても、父親似だ、と周りから声をかけられると、気にせずにはいられなかった。息子は、私よりも父方の遠い親戚に似ている、といわれている気がした。

息子の誕生で、私の人生が大きく変わると、もちろん理解していたつもりだが、アイデンティティがここまで強く揺さぶられるとは想像もしなかった。公の場で息子をあやすとき、大げさすぎるくらいに、私が母親だ、と強調していることに気づき、はっとした。私は「〈ママ〉はあなたのことが大好きよ」「〈ママ〉はここよ!」と誰が見ても血のつながりがあるとわかるようにあやしていたのだ。今まで差別や偏見と闘うために、大勢の人に気を配ってきたのに、ついに街を行き交う見知らぬ他人にまで気を配らなければいけなくなるなんて。疲れ果てて感覚が麻痺してしまっていた。夫といっしょに3人でいるときは、この子が私たちの子供ではない、なんて誰も疑問を抱かないのに、私とふたりきりだとそうはいかない。母親失格、と糾弾されているような気分になった。

息子にセネガル人としての誇りを伝えたり、肌の色による差別、黒人差別、白人の特権をどのように教えればよいのか、正直自分でもよくわからない。私のアイデンティティを形成する重要な要素である黒い肌を、息子と分かちあえないことが寂しい。一方で、白い肌を持つ息子が、私が経験してきた苦難と無縁でいられることにはほっとしている。でも、もし息子がセネガルの伝統衣装〈ブーブー〉を着たいとか、髪型を〈コーンロウ〉にしたいといいだしたら? ハーフの子供は、ルーツにある文化を、本当の意味で理解するのは難しいとされるが、息子がそんな決断をしたときに、周囲に勘違いされはしないか、レイチェル・ドレザル(Rachel Dolezal)の経歴詐称と同じ扱いをされないか、と心配してしまう。

あるいは、息子が白人として生きていくことを望んだら? 大人になって書類の〈人種〉欄に、私がチェックした項目とは違う人種を選ぶときがくるかもしれない。私は自分が有色人種であることをはっきりと自覚しているが、いつか息子が、自分に黒人の血は流れていないと考える日がくるとしたら、苦しさで胸がつぶれそうだ。白人のアイデンティティが息子をまるごと飲みこみ、彼もそのひとりになることを選んだとしたら。そのほうが簡単に生きていけると気付いてたら。そう恐れずにはいられない。

息子を守りたい。でも、ふたつの異なる世界にうまく折り合いをつけ、器用に生きる術を教えられる自信もない。私は、黒人である事実を隠したことも、否定したことも、一度としてない。白人と呼ぶには黒すぎる私は、黒人と呼ぶには白すぎる息子がどういう経験をするのかわからない。白黒どちらにも属さない有色人種の気持ちはわかる。だけど、薄い肌の色の個人がどんな気持ちになるのかはわからない。

息子のアイデンティティに口を出す、うるさい親にはなりたくない。いつか、彼を彼たらしめる小さな欠片を寄せ集めて、然るべきアイデンティティを形成してくれることを、私は望んでいる。そのときまでに、「本当は、どちらの出身なんですか?」なんて差別的な質問などされない世界に変わっていればいいな、とも願っている。それは、内に秘めていようと外に主張しようと〈フィンランド系セネガル系北アイルランド系ロンドンっ子〉であることを誇れる世界だ。

日本の感染者数は過去最高 致死率30%の〈人食いバクテリア〉とは

〈人食いバクテリア〉なるおどろおどろしい病気の感染者が増えている。国立感染症研究所の発表によると、日本国内の感染者は過去最高となる493人を記録したという。恐ろしげなのは名前だけではない。現役医師からはこんな声も寄せられる。「本当に“人を食う”みたいなペースで進行するんです。患者は、皮膚炎だと思って病院にやってくるんですが、次の日病院から出る時は四肢切断か、最悪死んでしまうこともあるんです」。これほど恐怖を煽られては専門家に聞かないと気が済まない。感染症の専門家である国立国際医療研究センター病院の秋山徹氏にぶつけた。「人食いバクテリアとは何ですか。患者が一晩で死ぬことがあるんですか」。

秋山氏はこう語る。「症例にもよりますが、二晩はもちません。ひと晩で決着します。進行するスピードは極めて早い。壊死していきますから。切っても切っても追いつかない、といわれています」。切るとは“切開”のことではなく“切断”のことだという。どうやら“人食い”という表現は誇張であっても虚構ではなさそうだ。

人食いバクテリアとはなんですか?

これは俗称です。正式には〈劇症型レンサ球菌感染症〉と言います。レンサ球菌にはA型からS型までの型がありますが、俗に人食いバクテリアと呼ばれるのは〈A型〉、Group A Streptococcus、通称:GASと略されます。症例数はGASに比べて少ないですが、〈GまたはC型〉は Streptococcus dysgalactiae subsp. equisimilis、通称:SDSEと略されます。

画像の黒い部分がレンサ球菌(提供:清水可方医師)

人食いバクテリアとはA型レンサ球菌、つまりGASやSDSEだと。

そうですね。A型レンサ球菌やSDSE自体は特に珍しい細菌ではなく、誰が持っていても不自然ではありません。咽頭部、腸内、皮膚で見つかることがあります。ただ、ひとたび〈劇症化〉すると、いわゆる〈人食いバクテリア〉となって暴れ出します。致死率は30%前後と言われています。具体的な症状としては、筋肉を覆う〈筋膜〉などの軟部組織の壊死や多臓器不全などを起こします。筋膜の壊死を〈壊死性筋膜炎〉と呼びます。この症状が始まると手を打たないといけない。切開による排膿も考えられますが、一度壊死が始まると、組織が元通りになることはないので、切断が標準治療になってしまっています。

劇症型A型レンサ球菌、通称〈人食いバクテリア〉がやっかいなのはその発見の難しさです。初期症状が発熱など普通の風邪と変わらないこともあり、市販薬や抗生剤を服用して終わりにしてしまう人もいます。ですので「とりあえず薬を飲んで、ひと晩様子を見よう」と自己判断するのは極めて危険。

早期発見が難しいうえに進行が凄まじく早いことも厄介なポイントです。GASが血流に乗ってしまうと全身に飛び火して手に負えなくなります。そうすると全身の軟部組織で同時多発的に壊死が始まっていきます。最終的には敗血症によるショック症状や多臓器不全を引き起こします。他にも、突然心停止を引き起こすこともあり、正直まだ分かっていない部分が多いのが現状です。

なぜ感染者数が増えているのですか?

ふたつ理由があります。ひとつは病気自体が周知されて、医師の間でこの病気の認知度があがったことです。実は日本で見つかったのは1990年代です。そこから約30年近く経ち、感染症研究所が精力的に啓蒙してきました。特に千葉県の清水可方医師が発見初期から調査にあたっていました。その影響もあって千葉県での患者数が非常に多かったんです。清水医師は93年に論文を発表したのですが、千葉県の症例が多かったことから当初は千葉県の風土病ではないか、とまで言われました。もちろん風土病ではなく、全国的に発見されていきました。

もうひとつの増加要因は感染者に年寄りが多いことでしょう。A群レンサ球菌は猩紅熱や咽頭炎など小児が感染しやすい病気を引き起こしますが、〈劇症型〉は中年から高齢者に発生する傾向があります。高齢化が進んでいくことで母数が増えた結果、感染者数が増えたと考えられます。

薬は効かないのでしょうか?

発見が早ければ抗生物質が効果を発揮します。ですが、抗生物質が効くのは菌が増えている最中です。一度菌が増えきってしまうと途端に効きにくくなってしまう。自覚症状として表れている時には、菌は増えきっていることが多いですね。

世界的にもこの病気は存在するのですか?

世界に目を向けると、米国では米国疾病予防センター(CDC)という感染症対策機関が立ち上がり、80年代から報告を上げています。CDCは〈劇症型A群レンサ球菌感染症〉を新しい病気と位置づけました。〈人食いバクテリア〉という言葉が世に出たのは94年5月のThe TIME誌です。〈Man eater Bacteria( flesh-eating bacteria)〉として紹介され、その名前のインパクトもあり、一気に知られるようになりました。

現在、国内の感染者数は500人前後ですが、今後爆発的に広がり、数万人、数十万人が感染する恐れはあるのでしょうか?

国内では起きないと思います。日本では衛生状態がいいですから。ただし、世界では途上国を中心に感染者だけで毎年数十万人、死者は2万人以上いると言われています。

誰が持っていても不思議ではないA型レンサ球菌が、なぜ「死」に直結するほどの症状を引き起こすのでしょうか?

同じ細菌でも人によって〈劇症化〉する場合としない場合があるんです

その違いは?

既往症、つまり糖尿病などのリスク因子が考えられます。例えば飲酒や喫煙などの生活習慣がリスク因子になると言われています。他にも基礎疾患が重要で、糖尿病を抱えている人は劇症化しやすい傾向にあるようです。ただ、なぜ劇症化するかについては、研究途中で、正確な解明はされていません。

どこまで研究が進んでいるか、教えてください。

言えない部分もありますが、劇症化までのプロセスは「侵入、定着、増殖、発症」の4段階に分けられます。侵入については創傷部や咽頭からの侵入が考えられます。その後、定着段階で免疫系の細胞に殺されないために、タンパク質を分解する酵素が働いて菌の侵入と定着を容易にすることは分かっています。侵入が容易になれば自然と定着と増殖も進みます。

面白いのは、レンサ球菌は30種類以上の病原性因子を持っていますが、その因子を制御する〈マスターレギュレーター〉なる因子の働きです。普段は、マスターレギュレーターが病原因子や毒素を抑えているんですが、劇症化の過程で、なぜか自分自身を破壊して病原因子をバラ撒いてしまうんです。多くの研究者が注目しているのはこの点です。「どうして生体の中でマスターレギュレーターは壊れるのか」は目下の研究課題です。詳細は明かせませんが、2018年内にはなにかしらの形で発表できるだろうと思っています。