Posts in Category: Art

Citazioni pratiche – Fornasetti a Palazzo Altemps

A vent’anni dell’apertura al pubblico, il Museo di Palazzo Altemps ospita la mostra Citazioni pratiche – Fornasetti a Palazzo Altemps, esposizione promossa dal Museo Nazionale Romano con Electa e ideata da Triennale Design Museum di Milano e Fornasetti.

Quelle in scena a Palazzo Altemps possono definirsi vere e proprie “incursioni artistiche”, realizzate da oltre ottocento pezzi di Fornasetti, che si incontrano in ben 27 situazioni diverse con la collezione di sculture e gli spazi (cortile, stanze affrescate e teatro) dello storico edificio. Uno “scambio a tratti spiazzante e irriverente, colto e sapiente” tra la collezione permanente di arte antica del Museo, che esalta i temi del classico, delle rovine e delle antichità, e le creazioni surrealiste e ironiche create da Piero Fornasetti (1913-1988) e da suo figlio Barnaba (1950).

L’esposizione propone un itinerario che si apre en plein air dal cortile e si snoda nelle sale museali, in cui gli antichi capolavori scultorei e le decorazioni rinascimentali incontrano i lavori senza tempo di Fornasetti. Disegni, mobili, accessori ripercorrono la produzione dell’Atelier, dagli anni Trenta a oggi, rivelandosi come qualcosa di più di semplici oggetti decorati: “un invito alla fantasia, a pensare”, come raccontava lo stesso Piero, fondatore dell’azienda. Un viatico per l’immaginazione, che riconduce all’anima originaria di Palazzo Altemps.

CITAZIONI PRATICHE. FORNASETTI A PALAZZO ALTEMPS
Fino al 6 maggio 2018
Museo Nazionale Romano, Palazzo Altemps
Piazza di Sant’Apollinare, 46 – Roma
linkcatalogo a cura di Electa

ph. Stefano Bonomelli

ph. Stefano Bonomelli

ph. Stefano Bonomelli

ph. Stefano Bonomelli

ph. Stefano Bonomelli

ph. Stefano Bonomelli

ph. Stefano Bonomelli

©Electa_ph S. Castellani

©Electa_ph S. Castellani

©Electa_ph S. Castellani

The post Citazioni pratiche – Fornasetti a Palazzo Altemps appeared first on Polkadot.

政府に弾圧された未完SF大作 『シルバー・グローブ/銀球で』

『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』(Star Wars: Episode IV A New Hope)を1977年の公開当時に鑑賞するのがいかなる体験だったのか、今となっては想像もつかないが、ほとんどの観客が絶賛したそうだ。米国映画業界の最新技術を駆使したスペースオペラ・ファンタジーは、アカデミー賞の10部門以上にノミネートされ、受賞し、過去最高の興行収入を記録した。

ジョージ・ルーカス(George Lucas)監督が〈変わり種〉スペース・オペラで大絶賛されていた時期に、〈鉄のカーテン〉の向こう側では、もうひとつの映画革命が進んでいた。SF映画『シルバー・グローブ/銀球で』(Na srebrnym globie, 1987)は、ポーランド人映像作家、アンジェイ・ズラウスキー(Andrzej Żuławski)の最高傑作になるはずだった。

ズラウスキーの作品、『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』、両作ともに、制作技術、テーマにおいて前例のない作品だったが、それ以外に共通点はない。『シルバー・グローブ』の舞台は、〈遠い昔、はるか彼方の銀河系〉ではなく、〈それほど遠くない未来のとある惑星〉だ。非常に不気味で、観る者を唖然とさせる映画で、〈面白おかしい〉『スター・ウォーズ』とは正反対だ。

『シルバー・グローブ』は、私が今まで観たなかでも最高のSF映画だ。もしくは、少なくとも、ズラウスキーが作品を完成させていたら、そうなっていたはずだ。

『シルバー・グローブ』は、ポーランドの共産主義政権の検閲の犠牲になったため、未完だ。しかし、製作中止を受けて国外へ亡命したズラウスキーは、1980年代後半、ポーランドに戻ってフィルムを救い出したので、私たちは、大まかな完成図なら想像できる。

ズラウスキーが、彼の大叔父による100年前のSF小説を原案に、ポーランドの共産主義についての省察と、彼の結婚生活の破綻への私的見解を加えた『シルバー・グローブ』は、時代の波に呑まれながらも、目まぐるしく場面が移り変わる、万華鏡のような傑作になった。

不時着で死亡した仲間の遺体に歩み寄る宇宙飛行士たち

『シルバー・グローブ』は、人類が他の天体への定住を真剣に考えている現代と同様に、製作当時も、まさに時流に乗った作品だった。撮影が始まったのは、アームストロングが月面に降り立ってから数年後、1970年代後半だった。

この映画は、表向きは、荒廃したディストピアと化した地球から脱出し、惑星に不時着した反体制派の宇宙飛行士たちの物語だ。海岸に辿り着いた彼らは、キャンプを設置して、惑星開拓の任務につく。その後、彼らは子どもをもうけるが、惑星で生まれた子どもは、地球上よりずっと速く成長することが明らかになる。

つまり、地球生まれの宇宙飛行士たちは、一生のあいだに、数世代の子孫を残すことができる。この惑星で誕生した子どもたちは、宇宙飛行士たちの知識に、嫌悪感を示すか無関心で、独自の原始的な文化をつくり始めた。海辺で子どもたちが計算を学んだ日々は過去となり、彼らは、最初に惑星にたどり着いた宇宙飛行士たちを聖職者とみなす宗教が支配する社会で成長することになった。

数世代目の惑星の住民

ふたりの男性宇宙飛行士のうちのひとりが、カインとアベルの逸話のように殺害されたあと、残ったひとりは神格化され、住民たちに、〈オールド・マン(old man)〉、と呼ばれるようになる。最後の宇宙飛行士は、死の直前、地球に向かって小さなロケットを飛ばす。その中には、彼のヘルメットに取り付けられたカメラが撮らえた、不時着してからの映像が収められていた。

映像の入ったカプセルを地球で拾ったのは、妻に先立たれたばかりの、マレック(Marek)という科学者だった。意気消沈していた彼は、地球での生活を捨て、映像の真相を確かめるべく惑星に向かう。惑星に降り立った彼は、救世主として住民に迎えられる。マレックの到来は、彼らの宗教で予言されていたのだ。

自らが救世主として崇められているのを理解したマレックは、その役割を受け入れ、住民が敵対する、テレパシーを持つ残虐な在来種である半人半鳥〈シェルン(Szerns)〉との戦いに勝利をもたらす。しかし、マレックが住民たちをシェルンの奴隷身分から解放した途端に、彼らは掌を返し、彼が住民を地球に返すという予言を実現しなかったことを理由に、十字架に磔した。

惑星の住民の予言を実現しなかったため磔にされたマレック

この映画は、聖書の正典、外典のテーマやイメージを、明らかに引用しているが、実は、1912年に出版されたSF小説3部作が原案である。〈月3部作(the lunar trilogy)〉として知られるこの小説の作者は、アンジェイ・ズラウスキーの大叔父、イェジイ・ズラウスキー(Jerzy Żuławski)だ。

アンジェイと同じく、イェジイ・ズラウスキーは、古典哲学を学んでおり、その影響は彼の唯一の小説にも現れている。ポーランドのカトリック的な感受性、熱心な登山家としての経験から身につけた自然観察眼から生まれた〈月3部作〉は、近代的な宇宙論には反するものの、緑色の炎、様々な魚が棲む入り江、奇妙で乱暴な鳥類が登場する、月を舞台とした幻想的な冒険譚だ。

未来的な雰囲気を演出するため、いくつか最新技術を用いた以外、アンジェイの映画は、原作に忠実だ。人類の月面着陸から10年近く経ち、彼は、宇宙についての知見を広げていたが、叔父の物語の構造だけでなく、科学的な矛盾も、あえて残している。

Courtesy of Daniel Bird/KADR Film Studio

小説と映画の主な違いは、作品の時代背景だ。前者が執筆されたのは、カトリック教会が権力を握っていたソ連以前のポーランドだったのに対し、アンジェイの映画は、当時力を強めていた共産主義政権が、教会の権威を完全に否定した時代に製作された。

ズラウスキーの映画は、親共産主義でもカトリック寄りでもない。仏教、黙示録的キリスト教、史的唯物論、ニーチェ(Nietzsche)、ショーペンハウアー(Schopenhauer)の思想が等置された、イデオロギーのシチューのようなこの作品は、何もない世界に意義を創りだそうとする人間の原動力についての深遠な省察である。

1972年、ズラウスキーは、第2作『悪魔』(Diabel, 1972)で、1968年の〈3月事件〉を批判した。ポーランド現代史上極めて重要な〈3月事件〉は、共産主義政権による反体制勢力弾圧の引き金になり、1980年代の民主化運動へと繋がった。映画のテーマは、ポーランド文化庁の不興を買い、公開直後に上映が禁止された。自国の文化的な抑圧に幻滅したズラウスキーは、上映が禁止された直後、検閲なしにアートを追求するため、パリに向かった。そこで彼が脚本、監督を手がけた『L’important c’est d’aimer』(1975)がフランスで大成功を収めたので、ポーランド政府は、ズラウスキーを呼び戻した。1975年に帰国したズラウスキーは、大叔父の〈月3部作〉をもとに脚本制作に着手し、ポーランド文化庁に製作費を申請した。このプロジェクトは、ポーランド映画史上最大の試みだった。

資金を確保したズラウスキーは、間違いなく彼の最高傑作になる作品にふさわしい俳優を探した。1970年代から80年代にかけて、ポーランドのテレビ業界で活躍していた俳優、アンジェイ・セヴェリン(Andrzej Seweryn)は、ズラウスキーとの初対面の瞬間を鮮明に覚えているそうだ。セヴェリンは当時、ズラウスキーの妻、マウゴジャータ・ブラウネック(Małgorzata Braunek)の相手役としてポーランドのテレビシリーズに出演していた。ある日、ズラウスキーが番組セットに現れ、ブラウネックとセヴェリンに、ラブシーンについてアドバイスしたという。

「その後、ズラウスキーから、アパートに来てくれないか、と連絡がありました」とセヴェリン。「そこで、台本を受け取ったのですが、彼の新作に出演できるのが嬉しくてたまりませんでした。私の役は、まだ、決まっていませんでしたが、しばらくして、主役のマレックを演じることになりました」

シェルンの焼死体を調べる、セヴェリン演じるマレック

私がホテルに滞在中のセヴェリンに電話すると、彼は、ワルシャワのテアトル・ポルスキー(Teatr Polski)でのリハーサルから戻ったばかりだった。彼は、今、この劇場の支配人を務めている。現在も舞台、映像を問わず第一線で活躍するセヴェリンは、スピルバーグ監督を始め、数々の巨匠の作品にも出演している。同監督の『シンドラーのリスト』(Schindler’s List, 1993)では、ユリアン・シェルナー(Julian Scherner)を演じた。セヴェリン曰く、わがままな大物監督と仕事をする能力は、『シルバー・グローブ』のセットで培ったそうだ。

「最初にセットで監督に会ったとき、『ポーランドの俳優は太り過ぎだ』といわれました」とセヴェリン。「少し痩せるべきだ、と指摘されたその瞬間から、パンを食べるのをやめました。ズラウスキー監督は、とても気難しく、要求もハードでした。『シルバー・グローブ』の撮影以降は、どんな相手とも仕事をする心構えができました」

映画監督で歴史学者のダニエル・バード(Daniel Bird)も、ズラウスキーの気難しく衝動的な性格を認めた。彼は、ポーランドで、過去20年の大半を、ズラウスキーの専属アシスタントとして過ごした。バード曰く、ズラウスキーは映像制作に対して非常に厳しかったが、決して悲観的ではなかったそうだ。

「確かにズラウスキーは難しいキャラクターでしたが、彼には、素晴らしいユーモアのセンスがありました」とバード。「『シルバー・グローブ』では、皮肉のセンスも発揮しています。見落とされがちですが、一見面白く感じられなくても、そこには類い稀なユーモアのセンスが隠れています」

惑星の住民の儀式

ズラウスキーの『シルバー・グローブ』に対する厳しい姿勢には、彼が〈月3部作〉の脚本を書き始めてすぐに経験した、妻、マウゴジャータ・ブラウネックとの離婚も影響している。ズラウスキーは、別れの悲しみから逃げるかのように映画に打ち込んだ。それと同時に、彼は、映画の出資者である文化庁の機嫌を損ねないよう、注意しなければならなかった。『シルバー・グローブ』製作時、ポーランド人アーティストたちは、政府が強化しつつあった検閲を激しく非難していた。アーティストたちの不満が暴動に発展するの危惧した文化庁は、一定の制限は設けつつも、彼らのソ連批判を許可した。

惑星の住民の指導者

ポーランド文化庁による規制が緩和した数年間、ポーランド映画は、史実よりも、共産主義政権下の国民の心情を批判的に描くようになり、そこから、〈モラルの不安(Kino moralnego niepokoju)〉運動が生まれた。この時代に、アンジェイ・ワイダ(Andrzej Wajda)監督の『大理石の男』(Człowiek z marmuru, 1977)、クシシュトフ・ザヌーシ(Krzysztof Zanussi)監督の『保護色』(Barwy ochronne, 1976)など、ポーランドの代表的な作品が公開されている。同時期にズラウスキーも活動しており、『シルバー・グローブ』製作もこの頃だったが、バード曰く、ズラウスキーの映画は、〈モラルの不安〉の影響を全く受けていないという。

「ズラウスキーは、本当に衝動的でした」とバード。「彼は、どんな権力にも屈しないアナーキストでした。その代償として、彼は、ずっとアウトサイダーであり続けたのです。それに対して、ワイダ監督は、当局相手にある程度の無理を通すコツを心得ていました。彼の映画が製作中止になったことは、いちどもありません」

変革主義的思想がある程度許容されるようになったにも関わらず、『シルバー・グローブ』の撮影は、突如、中止された。製作開始から約2年、ズラウスキーとクルーたちが、ポーランドのヴィエリチカ岩塩坑やモンゴルのゴビ砂漠で撮影を終えたあとの出来事だった。彼がモンゴルで撮影できたのには理由がある。当時、モンゴルは、ポーランドからの債務を抱えており、そのいち部を帳消しにするのを条件に撮影を許可したのだ。

撮影中止の表向きの理由は予算超過だったが、実際の理由は、映画の内容が共産主義政権を激しく批判していたからだ、とセヴェリンらは疑っている。中止を命じたのは、野心的なポーランド文化庁副大臣で、映画の検閲を担当していたヤヌシュ・ヴィルヘルミ(Janusz Wilhelmi)だ。彼は、出世を望み、反ソ的とみなした映画を攻撃していたのだ。

「文化庁副大臣の命令には、誰も逆らえませんでした」とセヴェリン。「当時のポーランドには、民製映画は存在せず、すべて官製でした。ですから、命じられたら中止するしかありません。私たちは抗議し、署名入りの手紙も送りましたが、何も変わりませんでした」

ヴィルヘルミの命令によって、製作中止に追い込まれたズラウスキーは、失意のうちにフランスへ向かい、その後10年間、ポーランドには帰らなかった。

最高傑作として名高い『ポゼッション』(Possession, 1981)をフランスで製作したズラウスキーは、1988年、ワルシャワに戻った。彼は、プロダクション・アシスタントの手を借りて『シルバー・グローブ』の使用可能なフィルムを探し出し、映像の不足部分を、ナレーションと1988年のワルシャワの日常風景で補った。

「10年後にポーランドに戻ったズラウスキーは、俳優がみんな年をとってしまったので、撮影を再開したとしても、うまくハマらないとわかっていました」とバード。「未完であることを認めたうえで、欠点を隠さずに受け入れるのがいちばん簡単な方法でした。1970年代に撮影された幻影的な世界と、80年代のポーランドの現実を繋いたシーケンスは、崩壊直前の国家を描いています」

ズラウスキーは、『シルバー・グローブ』をポーランドからフランスへこっそり運びだし、1988年のカンヌ国際映画祭では、未完の作品を上映した。上映中、ズラウスキーはステージに上がり、映像の空白部分では撮影予定だったシーンについて解説した。彼は、3回の上映で解説を行ない、劇場公開時には、彼のボイスオーバーつきの映像が上映された。彼の解説には、政治変動によって命懸けの大作を台無しにされた男の、辛辣な批判と恨み節が詰まっている。

惑星の巫女

2016年2月17日、アンジェイ・ズラウスキーは、ワルシャワの病院で、がんで亡くなった。その3日後、ニューヨークの映画祭〈Film Comment Selects〉で、『シルバー・グローブ』の修復版が先行上映され、修復に携わったバード、音楽を手がけたアンジェイ・コジンスキー(Andrzej Korzyński)、撮影監督のアンジェイ・ヤロシェヴィチ(Andrzej Jaroszewicz)が出席した。バードによると、ズラウスキーが意図した通りに作品が上映されたのは、この映画祭が初めてだったそうだ。

ヤロシェヴィチは、緑色のフィルターを使ったため、フィルム全体に物悲しく、使い古されたパレットのような色味が加わった。撮影終了後、ズラウスキーとスタッフが色調補正に着手したが、化学薬品の影響でフィルムの解像度が下がってしまっていた。2000年代初頭、ポーランド政府は、ズラウスキーが共産主義政権下で撮影した3作品のうち、『悪魔』と『夜の第三部分』(Trzecia część nocy, 1971)には修復費用を出資した。しかし、『シルバー・グローブ』は、出資を受けられなかった。

バードは、フィルムのデジタル・リマスターと、色調や音響の修正に必要な費用を集めようと試みた。ズラウスキーと彼は、とても親しかったが、作業に着手するまで、リマスターの費用を集めている、とは明かさなかったそうだ。

「ズラウスキーは、『シルバー・グローブ』を失敗作だと信じていたので、この映画の話をしたがりませんでした」とバード。「この映画について私に説明したときは、まるで墓を暴くかのような話ぶりでした。彼に相談しても断られるに決まっていたので、何も知らせずに修復費用を調達しました」

ズラウスキーは、リマスター・バージョン上映の数日前に他界したが、ワルシャワの自宅で、色補正済みの映像を見ることができた。バード曰く、ズラウスキーは満足していたそうだ。

惑星の住民と交流するふたりの宇宙飛行士

バードもセヴェリンも指摘したように、ズラウスキーは常に時代を先取していた。それを証明する最大の例が、『シルバー・グローブ』だ。ズラウスキー自身は、失敗作と疑わなかった同作だが、今、改めて鑑賞すると感動せずにはいられない。

この作品は、冒険と生存の途方もない物語であり、ポーランドの暗い歴史の産物であり、ズラウスキー自身の悲しみを刻んだ記念碑であり、虚ろな宇宙で〈人間とは何か〉を追い求める、未だかつてない哲学的探求だ。数々の要素から成り立つ『シルバー・グローブ』は、ひとつの要素で象徴できるような作品ではない。これらの欠片を継ぎ合わせた、不完全な総合こそ、この作品の完成形なのだ。

「この映画は、残虐な力に〈レイプ〉されましたが、当時の証言でもあります」とセヴェリン。「この作品は、ポーランドのアーティストたちの強さを証明しています。撮影中、私たちは、特別な映画に携わっている、と感じていましたが、その予感は正しかったんです」

§

シルバー・グローブ/銀球で [Blu-ray] 』は、2018年04月04日発売。

黒人が抱える痛みと 安らぎに満ちた日常を同時に描いた画家

All images by Charlie Rubin

アーティストにとって、ギャラリーでの個展開催は、それだけで充分なチャレンジだ。しかし2017年秋、画家、ニーナ・シャネル・アブニー(Nina Chanel Abney)は、ニューヨークでふたつの個展の同時開催を選択した。「強力なステートメントを発するには良いチャンスでした。だから頑張って、開催にこぎ着けたのです。でも手探りですよ」と彼女は笑う。ひとつめがジャック・シェインマン・ギャラリーでの「Seized the Imagination」、ふたつめは、その数ブロック北で開催されているメアリー・ブーン・ギャラリーでの「Safe House」。両展がそろうと、アフリカ系米国人の生きる姿が立ち現れる。

「Seized the Imagination」では、人種間暴力、警察の蛮行、情報過多など、これまでもアブニーが扱ってきたテーマを扱った、社会情勢を反映した作品が揃っている。〈想像力に愬える〉というタイトルが示すとおりの作品だ。描かれているのは、絶えず起きる衝突だ。世界を揺るがせた事件から切り取ったシーンは、警察による残忍な介入を鑑賞者に想起させる。怒りが込もった作品が容赦なく愬えるのは、噛み合わない、ときに矛盾するメッセージだ。それは、Twitterをスクロールするように果てしなく、圧倒的だ。

「Safe House」で展示された作品は、いわば解毒剤だ。作品の登場人物は全て黒人で、白人と黒人を対置した「Seized the Imagination」とは異なる。そして、登場人物たちは、娯楽に興じ、家事に精を出している。ニュースの外にある黒人たちの日常だ。また「Seized the Imagination」は、SNS時代の視覚言語を使用しているが、「Safe House」は、1960年代の労働安全推進ポスターを範にしている。それぞれ、別の時代を象徴するメディアだ。〈Make America Great Again〉(米国を再び偉大な国家へ)と声高に叫ぶどこかの誰かさんたちを見ていると、戦後米国の覇権主義の亡霊と重なるが、アブニーは60年代のポスターを黒人の幸福のために活用し、保守的なノスタルジーをアップデートしようとしているのだ。

左:筆者、右:アーティストのニーナ・シャネル・アブニー. メアリー・ブーン・ギャラリーにて

アブニーは、いつでも、積極的に政治問題に取り組んでいる。初めてギャラリーで展示された主要作品は、パーソンズ美術大学(Parsons School of Design)美術修士課程のクラスメイトたちのグループ・ポートレートだ。ただのポートレートではない。クラスで唯一の黒人であった彼女は、白人のクラスメイトを黒人の囚人、自らを金髪の白人看守として描いたのだ。政治的緊張が高まる昨今、アーティストや著名人たちは、直接的な政治的メッセージを求められているが、アブニーは、遠回しなアプローチで社会問題を表現する。数えきれないほど多くの疑問を呈しながら、答えを提示しない。おもしろくもあり、モヤモヤもする。誰もがアドバイスと確実性を請う時代に、アブニーが提示するのは鏡だけだ。

ニーナ・シャネル・アブニー〈Untitled〉(2017) ジャック・シェインマン・ギャラリー「Seized the Imagination」展より

かつて、自らのプロセスを〈直観的〉と述べましたが、今でもそうですか?

そうですね。今回、先んじて計画を練り始めた作品はひとつもありません。完全に直観に従ってます。もし前もって計画を立てたら、飽きてしまうからでしょうね。実際に創ることで、作品への興味を保っていられる。私が、とにかく、がむしゃらにやってみるタイプなのは、そういう理由からです。だから常に、自分に挑戦を課しています。ただ、少なくとも、どんな作品にするかは、ざっくり決めています。

そのざっくりした構想は、手を動かしているうちに変わっていきますか?

なるべく元の主題に忠実に創るようにしていますが、創作中に何かが起これば、積極的に取り入れて、社会の流れを反映させます。そうすることで最新の情報を描けるんです。

今回、同時に開催したふたつの個展ですが、それぞれの作品はどのような関連性があるのでしょうか。

アート作品として、偽のセラピー本を創っているデンマーク人アーティスト、ヨハン・デックマン(Johan Deckmann)の作品と出会ったんですが、そのなかに、『今知っていることを知る前の感覚を取り戻す方法』(How to Feel the Way You Felt Before You Knew What You Know Now)というタイトルの本がありました。それを踏まえて、ジャック・シェインマン・ギャラリーでは、混沌とした〈今知っていること〉を、メアリー・ブーン・ギャラリーでは、〈かつての感覚〉を提示しています。

例えば、ここを出た後、私たちのどちらかが、車を止めろ、と警官に命じられる。そんな事件が起こる可能性があります。でもそのあとは? どこへ行きますか? 翌日には、ジムで運動するかもしれませんよね。メアリー・ブーンの展示作品は、私たちの日常生活を反映しています。混沌とした事件も起こっているけれど、事件と事件のあいだには、日常があります。

ニーナ・シャネル・アブニー〈White River Fish Kill〉(2017) ジャック・シェインマン・ギャラリー「Seized the Imagination」展より

左:筆者, 右:アーティストのニーナ・シャネル・アブニー. ジャック・シェインマン・ギャラリーにて

あなたの作品には、ニュースで観た覚えのあるシーンがあります。例えば〈White River Fish Kill〉は、テキサスで警官が黒人少女を力ずくで組み伏せた事件です。当時、少女は水着でプール・パーティに参加していました。

実際の事件を参照し、登場人物を変えたのは、この作品だけです。絵本来の衝撃があまりに強ければ、和らげるためにそうしています。

だから描かれている警官は黒人なんですね。

そうです。

あなたはかつて、アートの世界では〈黒人を描くこと=ポリティカル〉と捉えられてしまう、と黒人を描く難しさについて語っていました。その困難にはどう対処していますか?

それこそ人種を入れ替える理由です。私は、様々なジェンダー、人種、人物を混ぜて描きます。ストーリーを広げるためです。登場人物が黒人だからといって、絵のストーリーをひとつの型に当てはめてほしくありません。

観る人の意識が、ひとつの定型を超えて広がるよう、いつも心がけています。ひとつの絵画作品を観たら、すぐにその答えを欲しがる鑑賞者が多いんです。だから、その傾向にどう抗うか、ずっと模索しています。

ニーナ・シャネル・アブニー〈Untitled〉(2017)の一部 ジャック・シェインマン・ギャラリー「Seized the Imagination」展より

ニーナ・シャネル・アブニー〈Request One Zero One〉(2017) メアリー・ブーン・ギャラリー「Safe House」展より

ニーナ・シャネル・アブニー〈Untitled〉(2017)の一部 ジャック・シェインマン・ギャラリー「Seized the Imagination」展より

あなたの作品とソーシャルメディアの関係は?

SNSに踊らされている現状、現代の情報取得方法こそ、私が描く動機です。このカオスを作品に反映させる努力をしています。私たちは、同時に様々な情報を手に入れています。タイムラインをスクロールすれば、誰かが死んだ、というニュースが現れ、「ああ、悲しいな」と思う。その1秒後、スクロールして友だちのパーティの投稿を見る頃には、前の投稿のことなんて忘れている。私の作品でも、あらゆる情報が1ヶ所に集まった様子を描きたいんです。

アート界でもいち目おかれている〈絵画〉があなたの表現手段です。鑑賞者は、ギャラリーに入り、作品に集中するという、SNSとは正反対の姿勢を強いられますよね。

そうですね。もし、少しのあいだでも、情報をじっくり処理しなければならないとしたら、どんな感じだろう、と気になったんです。私が情報をひとつの物語かのように提示できれば、みんなは、全てがいっしょに描かれている意味を考えさせられます。

ニーナ・シャネル・アブニー〈Penny Dreadful〉(2017) ジャック・シェインマン・ギャラリー「Seized the Imagination」展より

メアリー・ブーン・ギャラリー「Safe House」展 展示の様子

ニーナ・シャネル・アブニー〈All These Flavors and you choose to be salty〉(2017) ジャック・シェインマン・ギャラリー「Seized the Imagination」展より

以前、絵文字が好きだとおっしゃっていましたが、今も好きですか?

もちろん。作品では、あらゆるシンボルを利用しています。観る人によって意味が変わるかたちやモノを描くのが、ひとつの決まった答えに抵抗するための、私の手段のひとつです。

絵文字と同じくらいに普遍的な視覚言語を創ろうとしていると?

どんなバックグラウンドの個人でも、わたくし事に結びつけることができるような、簡潔な視覚言語を創りたいんです。まさに絵文字ですね。

こんな政情ですが、鑑賞者に何らかのメッセージを送る責任を感じますか?

そんなことはありません。もちろん、いま起きている事件について、意見はありますが、私が望んでいるのは、問題についての議論をスタートさせることです。作品のテーマについて、否定的な意見も送られてきます。それでいいんです。必ずしも同意はしませんが、どんな意見でも歓迎します。

ニーナ・シャネル・アブニーのウェブサイトはコチラ

“The Earth is Flat” by Artist AEC of Interesni Kazki

A series of surreal drawings and paintings exploring the absurdities of modern life and technology by Aleksei Bordusov aka AEC, one half of Ukrainian artist duo Interesni Kazki. See more images from “The Earth is Flat” below or on display at Mirus Gallery January 19 – February 10.

 

AEC Interesni Kazki

Abstracted Street Puddles Awash in Neon by Slava Semeniuta

Photographer and artist Slava Semeniuta, who goes by the name Local Preacher, recently noticed the glimmering reflective beauty of the streets of Sochi after an evening rain. As the artist tells Colossal, he had his camera handy and was able to “show the hidden beauty under our feet.” The series of dramatically-colored photographs isolates neon shop window reflections in puddles and potholes and transforms the captured moments into otherworldly landscapes. Semeniuta is based in Sochi, Russia, and shares his work on Behance and Instagram.

Paper-Cast Sculptures of Legs and Torsos Covered in Traditional Chinese Paintings by Peng Wei

Beijing-based artist Peng Wei places traditional Chinese painting on rice paper to create contemporary sculptures of human legs, shoes, and torsos. These paper-cast works display scenes of the natural and domestic, including lush gardens, animals, and interiors of Chinese homes. Peng has been troubled by the adoption of Western styles of clothing by Chinese women. By painting classical Chinese motifs on Western shoes and other fashion-related items, Peng aims to deny the decline of China’s cultural heritage to rapid globalization.

Peg was born in Chengdu in 1974 and graduated from the Eastern art department of Nankai University with a BA in Literature and an MA in Philosophy. Her works have been collected by the National Art Museum of China, the Hong Kong Museum of Art, the Asian Art Museum of San Francisco, the Guangdong Art Museum, and many more international collections. You can see more of Peng’s paintings and sculptures on Artsy. (via Lustik)

Paper-Cast Sculptures of Legs and Torsos Covered in Traditional Chinese Paintings by Peng Wei

Beijing-based artist Peng Wei places traditional Chinese painting on rice paper to create contemporary sculptures of human legs, shoes, and torsos. These paper-cast works display scenes of the natural and domestic, including lush gardens, animals, and interiors of Chinese homes. Peng has been troubled by the adoption of Western styles of clothing by Chinese women. By painting classical Chinese motifs on Western shoes and other fashion-related items, Peng aims to deny the decline of China’s cultural heritage to rapid globalization.

Peg was born in Chengdu in 1974 and graduated from the Eastern art department of Nankai University with a BA in Literature and an MA in Philosophy. Her works have been collected by the National Art Museum of China, the Hong Kong Museum of Art, the Asian Art Museum of San Francisco, the Guangdong Art Museum, and many more international collections. You can see more of Peng’s paintings and sculptures on Artsy. (via Lustik)

“Particle Playlist” by Artist Gala Bent

A recent series by Seattle-based artist Gala Bent (previously featured here). See more images from “Particle Playlist” below.

 

 Gala Bent