Sarah Bahbah’s coming-of-age art for the Instagram generation

Sarah Bahbah LA 2018

Photographer Sarah Bahbah has a penchant for the cinematic. Her images, which feature subtitles in the style of foreign film stills, are moody and sexy, with text providing a sardonic twist. Think of them as a millennial take on the Nouvelle Vague, with fewer clothes and more pizza. It’s a concept that’s certainly been a hit – the artist currently boasts nearly 400,000 followers on Instagram.

Bahbah, a Palestinian woman who…

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The Instagram chronicling the struggles of art directors worldwide

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We’ve all been there, desperate to hit send on an email moaning about a client/colleague/workplace situation that will more than likely come back to bite us in the arse. Or perhaps your frustration is too niche, one that only someone who has been in your shoes would understand?

Cue: @dazedfashion’s Instagram of the week, read more »



Watch the bleak trailer for Handmaid’s Tale season two

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When season one of The Handmaid’s Tale landed on Hulu last April, the world was already a pretty fucking terrifying place for women. The year opened with the election of Trump and women’s marches around the world, reproductive rights and sexual assault continue to be at the forefront of conversation – a world where women were subjugated and controlled didn’t seem like a far-off dystopian future.…

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Tiny shades are about to be everywhere

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We first noticed them on the catwalks of Balenciaga and Prada, before Rihanna appeared in a pair in the latest issue of Dazed and, in recent months, they’ve all but taken over our Instagram feeds. Really tiny sunglasses are everywhere. Here's four reasons why they're taking over.

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The elusive artist using the streets as an art gallery

GIANTS%2c Mohamed Younes Idriss from Sudan%2c Flam

Acting as a resistor and connector comes easily for JR. As a street artist his large-scale installations and ethos have become emblematic of resistance, and his anonymity – he operates under a pseudonym and his work stands free from artistic marking or tag – means the viewer has to make connections between culture, history and the subject in focus. In response to this elusive approach, JR reminds me that this is his “first face-to-face interview in a really long time,” and that his…

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JR, GIANTS – Body of Work JR, GIANTS – Body of Work JR, GIANTS – Body of Work JR, GIANTS – Body of Work JR, GIANTS – Body of Work JR, GIANTS – Body of Work 
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Aziz Ansari accused of sexual misconduct

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A woman has come forward to accuse Aziz Ansari of sexual misconduct while on a date, describing it as “by far the worst experience with a man I’ve ever had”.

Known by her pseudonym Grace, she told babe.net that she “felt violated… it took a really long time for me to validate this as sexual assault.”

The 23-year-old photographer detailed that after meeting the comedian at an awards afterparty and accepting a later…

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政府に弾圧された未完SF大作 『シルバー・グローブ/銀球で』

『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』(Star Wars: Episode IV A New Hope)を1977年の公開当時に鑑賞するのがいかなる体験だったのか、今となっては想像もつかないが、ほとんどの観客が絶賛したそうだ。米国映画業界の最新技術を駆使したスペースオペラ・ファンタジーは、アカデミー賞の10部門以上にノミネートされ、受賞し、過去最高の興行収入を記録した。

ジョージ・ルーカス(George Lucas)監督が〈変わり種〉スペース・オペラで大絶賛されていた時期に、〈鉄のカーテン〉の向こう側では、もうひとつの映画革命が進んでいた。SF映画『シルバー・グローブ/銀球で』(Na srebrnym globie, 1987)は、ポーランド人映像作家、アンジェイ・ズラウスキー(Andrzej Żuławski)の最高傑作になるはずだった。

ズラウスキーの作品、『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』、両作ともに、制作技術、テーマにおいて前例のない作品だったが、それ以外に共通点はない。『シルバー・グローブ』の舞台は、〈遠い昔、はるか彼方の銀河系〉ではなく、〈それほど遠くない未来のとある惑星〉だ。非常に不気味で、観る者を唖然とさせる映画で、〈面白おかしい〉『スター・ウォーズ』とは正反対だ。

『シルバー・グローブ』は、私が今まで観たなかでも最高のSF映画だ。もしくは、少なくとも、ズラウスキーが作品を完成させていたら、そうなっていたはずだ。

『シルバー・グローブ』は、ポーランドの共産主義政権の検閲の犠牲になったため、未完だ。しかし、製作中止を受けて国外へ亡命したズラウスキーは、1980年代後半、ポーランドに戻ってフィルムを救い出したので、私たちは、大まかな完成図なら想像できる。

ズラウスキーが、彼の大叔父による100年前のSF小説を原案に、ポーランドの共産主義についての省察と、彼の結婚生活の破綻への私的見解を加えた『シルバー・グローブ』は、時代の波に呑まれながらも、目まぐるしく場面が移り変わる、万華鏡のような傑作になった。

不時着で死亡した仲間の遺体に歩み寄る宇宙飛行士たち

『シルバー・グローブ』は、人類が他の天体への定住を真剣に考えている現代と同様に、製作当時も、まさに時流に乗った作品だった。撮影が始まったのは、アームストロングが月面に降り立ってから数年後、1970年代後半だった。

この映画は、表向きは、荒廃したディストピアと化した地球から脱出し、惑星に不時着した反体制派の宇宙飛行士たちの物語だ。海岸に辿り着いた彼らは、キャンプを設置して、惑星開拓の任務につく。その後、彼らは子どもをもうけるが、惑星で生まれた子どもは、地球上よりずっと速く成長することが明らかになる。

つまり、地球生まれの宇宙飛行士たちは、一生のあいだに、数世代の子孫を残すことができる。この惑星で誕生した子どもたちは、宇宙飛行士たちの知識に、嫌悪感を示すか無関心で、独自の原始的な文化をつくり始めた。海辺で子どもたちが計算を学んだ日々は過去となり、彼らは、最初に惑星にたどり着いた宇宙飛行士たちを聖職者とみなす宗教が支配する社会で成長することになった。

数世代目の惑星の住民

ふたりの男性宇宙飛行士のうちのひとりが、カインとアベルの逸話のように殺害されたあと、残ったひとりは神格化され、住民たちに、〈オールド・マン(old man)〉、と呼ばれるようになる。最後の宇宙飛行士は、死の直前、地球に向かって小さなロケットを飛ばす。その中には、彼のヘルメットに取り付けられたカメラが撮らえた、不時着してからの映像が収められていた。

映像の入ったカプセルを地球で拾ったのは、妻に先立たれたばかりの、マレック(Marek)という科学者だった。意気消沈していた彼は、地球での生活を捨て、映像の真相を確かめるべく惑星に向かう。惑星に降り立った彼は、救世主として住民に迎えられる。マレックの到来は、彼らの宗教で予言されていたのだ。

自らが救世主として崇められているのを理解したマレックは、その役割を受け入れ、住民が敵対する、テレパシーを持つ残虐な在来種である半人半鳥〈シェルン(Szerns)〉との戦いに勝利をもたらす。しかし、マレックが住民たちをシェルンの奴隷身分から解放した途端に、彼らは掌を返し、彼が住民を地球に返すという予言を実現しなかったことを理由に、十字架に磔した。

惑星の住民の予言を実現しなかったため磔にされたマレック

この映画は、聖書の正典、外典のテーマやイメージを、明らかに引用しているが、実は、1912年に出版されたSF小説3部作が原案である。〈月3部作(the lunar trilogy)〉として知られるこの小説の作者は、アンジェイ・ズラウスキーの大叔父、イェジイ・ズラウスキー(Jerzy Żuławski)だ。

アンジェイと同じく、イェジイ・ズラウスキーは、古典哲学を学んでおり、その影響は彼の唯一の小説にも現れている。ポーランドのカトリック的な感受性、熱心な登山家としての経験から身につけた自然観察眼から生まれた〈月3部作〉は、近代的な宇宙論には反するものの、緑色の炎、様々な魚が棲む入り江、奇妙で乱暴な鳥類が登場する、月を舞台とした幻想的な冒険譚だ。

未来的な雰囲気を演出するため、いくつか最新技術を用いた以外、アンジェイの映画は、原作に忠実だ。人類の月面着陸から10年近く経ち、彼は、宇宙についての知見を広げていたが、叔父の物語の構造だけでなく、科学的な矛盾も、あえて残している。

Courtesy of Daniel Bird/KADR Film Studio

小説と映画の主な違いは、作品の時代背景だ。前者が執筆されたのは、カトリック教会が権力を握っていたソ連以前のポーランドだったのに対し、アンジェイの映画は、当時力を強めていた共産主義政権が、教会の権威を完全に否定した時代に製作された。

ズラウスキーの映画は、親共産主義でもカトリック寄りでもない。仏教、黙示録的キリスト教、史的唯物論、ニーチェ(Nietzsche)、ショーペンハウアー(Schopenhauer)の思想が等置された、イデオロギーのシチューのようなこの作品は、何もない世界に意義を創りだそうとする人間の原動力についての深遠な省察である。

1972年、ズラウスキーは、第2作『悪魔』(Diabel, 1972)で、1968年の〈3月事件〉を批判した。ポーランド現代史上極めて重要な〈3月事件〉は、共産主義政権による反体制勢力弾圧の引き金になり、1980年代の民主化運動へと繋がった。映画のテーマは、ポーランド文化庁の不興を買い、公開直後に上映が禁止された。自国の文化的な抑圧に幻滅したズラウスキーは、上映が禁止された直後、検閲なしにアートを追求するため、パリに向かった。そこで彼が脚本、監督を手がけた『L’important c’est d’aimer』(1975)がフランスで大成功を収めたので、ポーランド政府は、ズラウスキーを呼び戻した。1975年に帰国したズラウスキーは、大叔父の〈月3部作〉をもとに脚本制作に着手し、ポーランド文化庁に製作費を申請した。このプロジェクトは、ポーランド映画史上最大の試みだった。

資金を確保したズラウスキーは、間違いなく彼の最高傑作になる作品にふさわしい俳優を探した。1970年代から80年代にかけて、ポーランドのテレビ業界で活躍していた俳優、アンジェイ・セヴェリン(Andrzej Seweryn)は、ズラウスキーとの初対面の瞬間を鮮明に覚えているそうだ。セヴェリンは当時、ズラウスキーの妻、マウゴジャータ・ブラウネック(Małgorzata Braunek)の相手役としてポーランドのテレビシリーズに出演していた。ある日、ズラウスキーが番組セットに現れ、ブラウネックとセヴェリンに、ラブシーンについてアドバイスしたという。

「その後、ズラウスキーから、アパートに来てくれないか、と連絡がありました」とセヴェリン。「そこで、台本を受け取ったのですが、彼の新作に出演できるのが嬉しくてたまりませんでした。私の役は、まだ、決まっていませんでしたが、しばらくして、主役のマレックを演じることになりました」

シェルンの焼死体を調べる、セヴェリン演じるマレック

私がホテルに滞在中のセヴェリンに電話すると、彼は、ワルシャワのテアトル・ポルスキー(Teatr Polski)でのリハーサルから戻ったばかりだった。彼は、今、この劇場の支配人を務めている。現在も舞台、映像を問わず第一線で活躍するセヴェリンは、スピルバーグ監督を始め、数々の巨匠の作品にも出演している。同監督の『シンドラーのリスト』(Schindler’s List, 1993)では、ユリアン・シェルナー(Julian Scherner)を演じた。セヴェリン曰く、わがままな大物監督と仕事をする能力は、『シルバー・グローブ』のセットで培ったそうだ。

「最初にセットで監督に会ったとき、『ポーランドの俳優は太り過ぎだ』といわれました」とセヴェリン。「少し痩せるべきだ、と指摘されたその瞬間から、パンを食べるのをやめました。ズラウスキー監督は、とても気難しく、要求もハードでした。『シルバー・グローブ』の撮影以降は、どんな相手とも仕事をする心構えができました」

映画監督で歴史学者のダニエル・バード(Daniel Bird)も、ズラウスキーの気難しく衝動的な性格を認めた。彼は、ポーランドで、過去20年の大半を、ズラウスキーの専属アシスタントとして過ごした。バード曰く、ズラウスキーは映像制作に対して非常に厳しかったが、決して悲観的ではなかったそうだ。

「確かにズラウスキーは難しいキャラクターでしたが、彼には、素晴らしいユーモアのセンスがありました」とバード。「『シルバー・グローブ』では、皮肉のセンスも発揮しています。見落とされがちですが、一見面白く感じられなくても、そこには類い稀なユーモアのセンスが隠れています」

惑星の住民の儀式

ズラウスキーの『シルバー・グローブ』に対する厳しい姿勢には、彼が〈月3部作〉の脚本を書き始めてすぐに経験した、妻、マウゴジャータ・ブラウネックとの離婚も影響している。ズラウスキーは、別れの悲しみから逃げるかのように映画に打ち込んだ。それと同時に、彼は、映画の出資者である文化庁の機嫌を損ねないよう、注意しなければならなかった。『シルバー・グローブ』製作時、ポーランド人アーティストたちは、政府が強化しつつあった検閲を激しく非難していた。アーティストたちの不満が暴動に発展するの危惧した文化庁は、一定の制限は設けつつも、彼らのソ連批判を許可した。

惑星の住民の指導者

ポーランド文化庁による規制が緩和した数年間、ポーランド映画は、史実よりも、共産主義政権下の国民の心情を批判的に描くようになり、そこから、〈モラルの不安(Kino moralnego niepokoju)〉運動が生まれた。この時代に、アンジェイ・ワイダ(Andrzej Wajda)監督の『大理石の男』(Człowiek z marmuru, 1977)、クシシュトフ・ザヌーシ(Krzysztof Zanussi)監督の『保護色』(Barwy ochronne, 1976)など、ポーランドの代表的な作品が公開されている。同時期にズラウスキーも活動しており、『シルバー・グローブ』製作もこの頃だったが、バード曰く、ズラウスキーの映画は、〈モラルの不安〉の影響を全く受けていないという。

「ズラウスキーは、本当に衝動的でした」とバード。「彼は、どんな権力にも屈しないアナーキストでした。その代償として、彼は、ずっとアウトサイダーであり続けたのです。それに対して、ワイダ監督は、当局相手にある程度の無理を通すコツを心得ていました。彼の映画が製作中止になったことは、いちどもありません」

変革主義的思想がある程度許容されるようになったにも関わらず、『シルバー・グローブ』の撮影は、突如、中止された。製作開始から約2年、ズラウスキーとクルーたちが、ポーランドのヴィエリチカ岩塩坑やモンゴルのゴビ砂漠で撮影を終えたあとの出来事だった。彼がモンゴルで撮影できたのには理由がある。当時、モンゴルは、ポーランドからの債務を抱えており、そのいち部を帳消しにするのを条件に撮影を許可したのだ。

撮影中止の表向きの理由は予算超過だったが、実際の理由は、映画の内容が共産主義政権を激しく批判していたからだ、とセヴェリンらは疑っている。中止を命じたのは、野心的なポーランド文化庁副大臣で、映画の検閲を担当していたヤヌシュ・ヴィルヘルミ(Janusz Wilhelmi)だ。彼は、出世を望み、反ソ的とみなした映画を攻撃していたのだ。

「文化庁副大臣の命令には、誰も逆らえませんでした」とセヴェリン。「当時のポーランドには、民製映画は存在せず、すべて官製でした。ですから、命じられたら中止するしかありません。私たちは抗議し、署名入りの手紙も送りましたが、何も変わりませんでした」

ヴィルヘルミの命令によって、製作中止に追い込まれたズラウスキーは、失意のうちにフランスへ向かい、その後10年間、ポーランドには帰らなかった。

最高傑作として名高い『ポゼッション』(Possession, 1981)をフランスで製作したズラウスキーは、1988年、ワルシャワに戻った。彼は、プロダクション・アシスタントの手を借りて『シルバー・グローブ』の使用可能なフィルムを探し出し、映像の不足部分を、ナレーションと1988年のワルシャワの日常風景で補った。

「10年後にポーランドに戻ったズラウスキーは、俳優がみんな年をとってしまったので、撮影を再開したとしても、うまくハマらないとわかっていました」とバード。「未完であることを認めたうえで、欠点を隠さずに受け入れるのがいちばん簡単な方法でした。1970年代に撮影された幻影的な世界と、80年代のポーランドの現実を繋いたシーケンスは、崩壊直前の国家を描いています」

ズラウスキーは、『シルバー・グローブ』をポーランドからフランスへこっそり運びだし、1988年のカンヌ国際映画祭では、未完の作品を上映した。上映中、ズラウスキーはステージに上がり、映像の空白部分では撮影予定だったシーンについて解説した。彼は、3回の上映で解説を行ない、劇場公開時には、彼のボイスオーバーつきの映像が上映された。彼の解説には、政治変動によって命懸けの大作を台無しにされた男の、辛辣な批判と恨み節が詰まっている。

惑星の巫女

2016年2月17日、アンジェイ・ズラウスキーは、ワルシャワの病院で、がんで亡くなった。その3日後、ニューヨークの映画祭〈Film Comment Selects〉で、『シルバー・グローブ』の修復版が先行上映され、修復に携わったバード、音楽を手がけたアンジェイ・コジンスキー(Andrzej Korzyński)、撮影監督のアンジェイ・ヤロシェヴィチ(Andrzej Jaroszewicz)が出席した。バードによると、ズラウスキーが意図した通りに作品が上映されたのは、この映画祭が初めてだったそうだ。

ヤロシェヴィチは、緑色のフィルターを使ったため、フィルム全体に物悲しく、使い古されたパレットのような色味が加わった。撮影終了後、ズラウスキーとスタッフが色調補正に着手したが、化学薬品の影響でフィルムの解像度が下がってしまっていた。2000年代初頭、ポーランド政府は、ズラウスキーが共産主義政権下で撮影した3作品のうち、『悪魔』と『夜の第三部分』(Trzecia część nocy, 1971)には修復費用を出資した。しかし、『シルバー・グローブ』は、出資を受けられなかった。

バードは、フィルムのデジタル・リマスターと、色調や音響の修正に必要な費用を集めようと試みた。ズラウスキーと彼は、とても親しかったが、作業に着手するまで、リマスターの費用を集めている、とは明かさなかったそうだ。

「ズラウスキーは、『シルバー・グローブ』を失敗作だと信じていたので、この映画の話をしたがりませんでした」とバード。「この映画について私に説明したときは、まるで墓を暴くかのような話ぶりでした。彼に相談しても断られるに決まっていたので、何も知らせずに修復費用を調達しました」

ズラウスキーは、リマスター・バージョン上映の数日前に他界したが、ワルシャワの自宅で、色補正済みの映像を見ることができた。バード曰く、ズラウスキーは満足していたそうだ。

惑星の住民と交流するふたりの宇宙飛行士

バードもセヴェリンも指摘したように、ズラウスキーは常に時代を先取していた。それを証明する最大の例が、『シルバー・グローブ』だ。ズラウスキー自身は、失敗作と疑わなかった同作だが、今、改めて鑑賞すると感動せずにはいられない。

この作品は、冒険と生存の途方もない物語であり、ポーランドの暗い歴史の産物であり、ズラウスキー自身の悲しみを刻んだ記念碑であり、虚ろな宇宙で〈人間とは何か〉を追い求める、未だかつてない哲学的探求だ。数々の要素から成り立つ『シルバー・グローブ』は、ひとつの要素で象徴できるような作品ではない。これらの欠片を継ぎ合わせた、不完全な総合こそ、この作品の完成形なのだ。

「この映画は、残虐な力に〈レイプ〉されましたが、当時の証言でもあります」とセヴェリン。「この作品は、ポーランドのアーティストたちの強さを証明しています。撮影中、私たちは、特別な映画に携わっている、と感じていましたが、その予感は正しかったんです」

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シルバー・グローブ/銀球で [Blu-ray] 』は、2018年04月04日発売。

オカンとアリス・クーパーを観た

Shirlaine Forrest / Getty Images

自分の母がアリス・クーパーの熱狂的なファンだということは、以前からわかっていた。幼少期、友だちの母親は、ロッド・スチュワートのかすれた甘い声をレコードプレイヤーで聴き、クリフ・リチャードの最新カレンダーをキッチンに飾っていた。しかし、私の母は、蛇を抱いてレザーに身を包んだクーパーがプリントされたキャンバス地のショッピングバッグで、食品売り場をウロついていた。アリス・クーパーでは飽き足らず、ジャック・スパロウの冒険活劇のブーツや髭面、ラッセル・ブランドのルネサンス風のベスト姿や力強い語り口にも、彼女はのぼせていた。とっぽい男性への愛情は、長年かけて変遷した。しかし、どれも、アリス・クーパーの職人的キャバレー芸がルーツだ。

それだけ長いあいだ愛情を抱きながら、本人を1度も見ていないのが面白い。母は、「『悪夢へようこそ』ツアーは、ロンドンとグラスゴーだけ。ランカスターから行くにはちょっと不便だったから」という。母が最初に買ったクーパーのレコードは、1972年の『スクールズ・アウト』。それ以来、彼は、たくさんの作品をリリースした。スタジオアルバムだけでも、30枚近くある。クーパーは、一貫して創造性を発揮し、ロックンロールの重鎮たちとも共演した。しかし、母は、クーパーの経年劣化を厳しい目で見つめていた。「ついにチャンスが来たのに、もう60近いし、こんなに太っているなんて想像してなかった」

ニューアルバム『パラノーマル』のツアーとして、ロンドンのSSEアリーナでのコンサートが発表されると、チケットを取った。

オカン

SSEアリーナに向かうと、周囲にはクリーパー・シューズを履いたミレニアルズ、ほこりっぽいレザースカート姿のブロンドの古参がタムロしている。外にいた年配の集団から写真を撮るよう頼まれ、そのうちのひとりが「誰かが死んじまう前に急いで頼むよ」と冗談めかす。アリス・クーパーのコンサートにぴったりな、死臭が漂っている。理想のセットリストを尋ねると、母は、すぐさま「ビリオン・ダラー・ベイビーズ」や「アイ・ラヴ・ザ・デッド」…母いわく〈ちょっと陽気な素敵な曲〉…などの定番に加えて、マニアックな曲も並べた。「以前は「ガター・キャット対ジェッツ」が好きだったんだけど、今の私にはちょっと合わないかも。60歳のギャングなんてあまりいないでしょ?」

鼻血が吹き出そうなくらい気持ちの昂まりとともに、観客は開演を待ち構えている。クーパーによるナレーションがアリーナに響き渡る。「アリス・クーパーとの1夜を待ち望んだみなさま、悪夢へようこそ。もう引き返せません。ヤツはそこにいる!」

そして、幕が上がった。初っ端から「ブルータル・プラネット」でカマす。RAMMSTEINのタンツメタルの鉄味のような、耳を突き刺す和音が飛び交う。巨大なスクラップの深みからステージに現れたクーパーは、ピカピカのスパッツを履いていた。手にはいつもの杖がしっかりと握られ、流れる髪はミヤマガラスのように黒い。アシスタントがドレスアップ・ボックスから現れ、2つのドラムセットと赤ちゃんの頭の模型の間を斜めに進み、パンク版〈Jackanory〉かのようなクールなスタッズ付きのベストに、クーパーの衣装を素早くチェンジした。

クーパーは、1986年の『コンストリクター』収録の「ザ・ワールド・ニーズ・ガッツ」で、グラムメタル・スタイルを確立し、『ダーティ・ダイアモンズ』の「ウーマン・オブ・マス・ディストラクション」では、〈ショックロックのロミオ〉としての名声を確固たるものにした。「date」と「castrate」で韻を踏めるアーティストは、そうそういないだろう。アリスは時間をたっぷりとって、ステージの中央から、暗闇にいる大勢のファンを睨め回す。背後には嵐が近づいていた。

長年、クーパーのもとで妖しい響きを奏で続ける〈ハリケーン〉・ニタ・ストラウスが紡ぎ出したのは、我を忘れてしまうほどの壮大なギターソロだ。バンドが「ポイズン」を速いテンポで演奏し始めると、炎の色のスモークが彼女の両脇に立ち上った。この会場にぴったりな、80年代クーパーの定番があるとすれば、それは間違いなくこの曲だ。愛すべき高音ボーカリストの能力が如何なく発揮される。母は卒倒しかけている。会場が大観衆で埋まっているにもかかわらず、その声は、官能的で、彼が耳元で歌っているかのようだった。

クーパーは、階段を大股で昇り、バックステージの暗がりに消えたが、その間も、バンドは、きっちり演奏を続けた。演奏は、徐々に静かになり、ベースとドラムだけが残る。すると、1階席で手拍子が広がり始めた。ステージが暗くなり、ドラマーだけが照らしだされる。琥珀色の光が巨大なドラムセットを包んだ瞬間、観客は、クーパー演芸の世界に引き込まれた。「お前たち、腹が減ってるんだろ。ディナーの時間だ」とスピーカーがガナリ立てると、会場の全員がこれから何が始まるのかを理解した。

「フィード・マイ・フランケンシュタイン」が始まり、巨大な手術台のようなセットがステージに登場した。クーパーは血まみれの白衣を着ている。機械からスモークが吹き出し、半分人間で半分骸骨のような人物が、彼にガスマスクを手渡す。クーパーは扉形の穴からセットの内側に入った。機械からは火花が飛び散る。彼の身が心配になる。もはや、彼が若くないのは、皆さんご存知だろう。「火花の量が多すぎる」といわんばかりに、クーパーが目を2回瞬かせたのがガスマスク越しにわかった。

ヒステックな雰囲気が高まるなか、クーパーは冷静に「オンリー・ウィメン・ブリード」を歌い、聴衆を落ち着かせた。結婚生活で虐待を受ける女性についてのバラードだ。母は私に寄りかかり、「この曲で彼は変わったの」と耳打ちした。現在のアリス・クーパー像を形成した曲であり、実生活とはかけ離れた怪物を演じてもいるハイな〈アリス・クーパー〉からかけ離れた〈本名:ヴィンセント・デイモン・ファーニア〉は、尊敬すべき人物だ。36年間、結婚生活を続け、ほぼ同じ年月、禁酒を貫いている。フランケンシュタインの悪ふざけも納得がいく。

しかし、この曲で気を緩め過ぎてしまったようだ。フードを被ったキャラクターと骸骨がクーパーに突然襲いかかり、彼を追い立てる。「マニアック・イン・ラヴ」の歌詞どおり〈in a straight jacket love(拘束衣の愛)〉に縛られてしまった。

母は椅子にへたり込み、口に手を当てている。しかし、クーパーは歌い続ける。ビニールの衣装を着たナースが、拘束されたクーパーの腕に針を突き刺すと、会場は騒然となる。突然、会場全体がシュールな雰囲気に包まれた。クーパーはトゲトゲしい声で「ここを出ていくぞ」とガナリ立て、悪役に「俺に触るな」と怒鳴った。そして、その勢いと力で解放されたが、それも長くは続かない。骸骨がギロチンのような什器を運び込み、クーパーを鉄の顎にかけようとする。

このとき母は、愕然としていた。彼女は、再び、口に手を当てている。ケバケバしい格好のナースが励ましの言葉を送るよう観衆に促すが、正直、みんなは、クーパーのショーを観たいのだ。ついに、ギロチンの刃が落ち、悪役たちが血まみれの頭を桶から取り出す。バンドの演奏が再開されたが、私の頭には疑問符が浮かんでいた。クーパーが抜け出せるような穴はなかったはずだ。

暗転し、ステージの1ヶ所だけが明るく照らされる。死んだクーパーが復活するのだろうか。ギターのリフが高まり、チャイナ・シンバルが容赦なく叩かれる。ステージが転換され、アリス・クーパー・バンドが紹介される。クーパーが再登場し、オリジナルのメンバー、チャック・ギャリック、トミー・ヘンリクセン、ライアン・ロキシー、デニス・ダナウェイ、そして〈プラチナゴッド〉ことニール・スミスをステージに迎えた。母にもお馴染みのメンバーだ。母は、『スクールズ・アウト』のジャケットにあしらわれたメンバーのイニシャルのあいだに、彼女の名前を彫り込んでいたほどなのだ。学習机のように開くジャケットには、インク入れも付いている。ステージでは背景セットが『ビリオン・ダラー・ベイビーズ』の ジャケットに変わり、クーパーがステージに戻る。衣装は、煌くゴールドのスーツに変わっている。〈驚異の部屋〉から、串刺しにされた札束を取り出し、金に取りつかれたお偉方のように聴衆に突き出した。

演奏はさらに続く。「ノー・モア・ミスター・ナイス・ガイ」では、クーパーが〈Little old lady〉と歌うのに合わせて母が自らを指していた。壮大なショーの大団円を仄めかすかのように、クーパーは、メンバー紹介を始める。その様は、まるで、リストをチェックするかのようだった。娘のシェリル・クーパーは、ダンサーとして踊っていた。そして、アリス・クーパーを演じていたのは…「俺だ」。そして「おやすみ、そして、恐ろしい悪夢を」と別れを告げる。

憧れには会わないほうがいい、という向きもある。しかし、私は、憧れがギロチンにかけられる姿を目撃することを、強くお勧めしたい。母も同じ意見だ。